水危機(読み)みずきき(英語表記)water scarcity

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「水危機」の意味・わかりやすい解説

水危機
みずきき
water scarcity

ある地域の水資源が,人間や環境が必要とする量を満たせない状態にあること。水は人間の生活に不可欠であり,水危機が起こると基本的な人権が著しく侵害されるため,世界的な開発において安全な飲料水の確保は優先事項となっている(→持続可能な開発)。しかし,人口増加資源浪費汚染悪化地球温暖化による気候パターンの変化などの山積する問題を前に,世界中の多くの国や主要都市が貧富の差に関係なく,深刻化する水危機に直面している。

水危機には大きく分けて,物理的危機と経済的危機の 2種類がある。物理的(絶対的)水危機は,ある地域で入手できるかぎられた水資源の量を需要が上回った結果生じる。国連食糧農業機関 FAOによれば,今日の世界では約 12億人が物理的水危機にある地域に暮らしており,その多くは乾燥または半乾燥地域の住民である。季節によって生じる物理的水危機もあり,世界人口の 3分の2が,1年のうち少なくとも 1ヵ月は季節的な水危機に陥る地域に暮らしていると推定される。人口の増加や,気候パターンがより予測不能で極端になるのに伴って,物理的水危機の影響を受ける人の数は増加することが予想される。経済的な水危機は,一般的には水関連のインフラストラクチャーの不備が原因である。インフラが整備されている場合には水資源の管理の不備が原因となって生じる。FAOの推定では,世界中で 16億人以上が経済的水危機に直面している。経済的水危機にある地域では,人間や環境の必要量を満たすだけの水は存在しても供給がうまくいっていない場合が多い。不適切な管理や開発途中などの理由によって,利用できる水があっても汚染されていたり,飲料水には不適切であったりする場合もある。また農業工業で無規制な水の利用が行なわれたり,水は有限な天然資源であるとの認識が不十分なためにきわめて非効率な水利用が行なわれたりした結果,水危機が生じる場合もある。

特に危機が心配されているのが帯水層の利用である。一般的に,降水量が少ない場所や地表水の量がかぎられる場所では帯水層が利用される。しかし帯水層からの回収速度が,帯水層が地下水で自然に満たされる速度を上回れば,水の供給が不足するおそれがある。すでに世界最大の帯水層系の 3分の1が逼迫した状況にあると推定されている。水資源の不足に伴い,公平な水の配分をめぐる問題も深刻化している。慢性的な水危機によって移住を余儀なくされたり,対立や地域紛争が発生したりする場合もある。地政学的に不安定な地域ではなおさらである。世界経済フォーラムの 2017年グローバルリスク報告書では,今後 10年以内に複数の国や産業に大きな影響を及ぼす可能性のある「グローバルリスク」として,水危機が大量破壊兵器異常気象事象に次いで 3番目にあげられている。

水危機への取り組みには,学際的な考え方が必要である。水資源問題への対処は,生態系の機能をそこなうことなく行なわなければならない。水の収集,ろ過,貯留,開放を自然の作用として行なう湿地や森林などの生態系をいかに保護し回復するかが,水危機との闘いにおける重要な戦略になる。また水の価格が高ければ,水の浪費や汚染が減少することを多くの研究が示している。したがって水を大量に消費する人に課税することで,家庭用の水道料金を上げずに農業や工業における水の浪費を抑えることは可能だと考えられている。農薬などの汚染物質から水資源を守るには,有機農業など持続可能な農業実践にインセンティブを与える奨励策が有効である。工業廃水による汚染は点汚染源であるため,より規制しやすい。ほかにも水危機に関する問題の多くは,従来の技術で対応することができる。なかでもインフラの修復は効果的で,特に発展途上国においては,インフラの整備と維持にかかる費用を抑える方法を見つけることが重要である。

全淡水資源の約 70%が農業用水であることを考えると,灌漑技術の向上が重要な解決策の一つになる。多くの地域では,雨季洪水を利用した洪水灌漑や,地表面に水を流す地表灌漑といった単純な灌漑が行なわれており,農業で必要な量以上の水が使われている。そのため,それらの技術が水の損失を引き起こす可能性についての農家に向けた教育や,灌漑技術向上のための資金提供,水の保全技術の向上なども,農業における水の浪費を減少させる有効策となる。半塩水の地下水海水を利用できる地域では,淡水化によって水危機問題を軽減する方法が提案されている。実際,サウジアラビアをはじめとする人口密度の高い乾燥地域では,地下水を脱塩処理した水がすでに都市部の水道のおもな供給源になっている。しかし既存の淡水化技術は,化石燃料を使った大量のエネルギーを必要とするため,処理には高い費用がかかるうえ,淡水化プラントから排出される温室効果ガスや塩水は,環境に重大な悪影響を与える。人口が増加傾向にあって水の供給がかぎられている都市では,廃水も貴重な水資源になる可能性がある。そのため,世界中の都市で水再生プラントの開発が進められている。雨水を庭の散水や洗濯などの雑用水として利用することで(→雨水利用),淡水需要を大幅に減少させるとともに雨水インフラにかかる負担を軽減する試みも行なわれている。

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