桐ヶ崎(読み)きりがさき

日本歴史地名大系 「桐ヶ崎」の解説

桐ヶ崎
きりがさき

[現在地名]女川町桐ヶ崎

女川湾の北岸にあり、北は護天ごてん山で尾浦おうらに接し、東はかや三味さんみという所で竹浦たけのうらに接し、西は石浜いしはまで、似田にた山という所までが村の範囲であった。村名は女川湾から江島えのしま列島にかけての外洋に発生する濃霧との関連で霧ヶ崎となり、のちに瑞木と称される桐の字をあてるようになったと推測される(女川町誌)。「安永風土記」代数有之百姓書出によれば、村草創の百姓阿部三七は大同年中(八〇六―八一〇)からこの地に住みついたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報