柳原紀光(やなぎわらのりみつ)(読み)やなぎわらのりみつ

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

柳原紀光(やなぎわらのりみつ)
やなぎわらのりみつ
(1746―1800)

江戸中期の公卿(くぎょう)。初名は光房(みつふさ)。『続史愚抄(ぞくしぐしょう)』の著者として有名。日野俊光(としみつ)を祖とする文筆で聞こえた名家子孫。後桜町(ごさくらまち)、後桃園(ごももぞの)、光格(こうかく)三天皇に歴仕。1771年(明和8)の正四位上、左大弁(さだいべん)、参議から昇進を続けて、76年(安永5)に権大納言(ごんだいなごん)、81年(天明1)正二位に至る。96年(寛政8)秋、勅勘(ちょっかん)により(理由不明)出家、法号は暁寂(ぎょうじゃく)。その著書『閑窓自語』3巻は、朝幕関係、宮廷事情、柳原家はじめ諸公卿関係記事を含み、海外異聞(異国船漂着、琉球驢馬(りゅうきゅうろば)貢献、駝鳥(だちょう)舶来など)をも伝える多彩な内容の随筆集。『閑窓自語』は『百家説林』正編第9巻(国書刊行会)、『日本随筆大成』第二期第8巻(吉川弘文館(こうぶんかん))所収。

[宮崎道生]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例