木綿検見(読み)きわたけみ

改訂新版 世界大百科事典 「木綿検見」の意味・わかりやすい解説

木綿検見 (きわたけみ)

近世田畑の綿の作柄を見て年貢高を決めること。ただし田方綿作の検見は,1744年(延享1)田方木綿勝手作法によって停止され,その年のその村の稲の上々毛なみに徴収されるようになった。畑検見は1738年(元文3)に停止されたが,畿内・中国筋の綿作に限っては行われた。畑方木綿作の検見についてはまず村方が,村役人,畑主が立ち会い,1筆ごとに綿の作柄を調べ,1反で何斤吹きと記し,最後に合計36町5反歩,〆綿2725斤というように記載した〈内見斤付帳〉を代官に提出する。代官,手代は村役人と立ち会い,例えば3ヵ所で坪(歩)刈りをし,1坪当りの綿の桃(玉)数を出す(中玉3を上玉1に,下玉10を上玉1に換算し,青桃(未熟)・腐は除く)。ついで村方が申告した1坪当りのそれぞれの玉数と差引きし,それを平均して刈出玉を得る。これを籾に換算するのであるが,それは摂津河内和泉播磨では,大坂堤方年番代官が指定する,秋分から10日目の京,大坂および摂河泉在方合計15ヵ所の上新米,上新綿の平均相場によった。こうしてまず村方が申告した内見斤に換算し,ついで刈出し籾高を出す。これを先の内見籾高と合計するが,年貢は五合摺り五公五民であるから,この4分の1である。

 なお44年以前は,田方綿作の検見が行われたが,それは畝引検見取法によった。例えば1反歩についてみると,綿実を除く桃の正味の目方0.3匁に桃の数を乗じ,それを平野目1斤=220目で割って斤に直し,これを公定された値段で銀目に換算し,それから銀10匁につき3匁5分の肥料代を引き,残銀を公定された米値段で米に,ついで2倍して籾に直し,これを1反=300(坪)で割って1坪当りの籾を算出し,これと当合を比較し,当合よりも有籾が少なければ,畝引きをし,残高に租率を乗じて年貢を決定した。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

百科事典マイペディア 「木綿検見」の意味・わかりやすい解説

木綿検見【きわたけみ】

近世,田畑の綿の作柄を見て年貢高を決定すること。木綿検見は水田の稲作検見と同様の方法で行われ,最終的に産出された有籾量が数ヵ年の平均年貢量より少なければ畝引きをする畝引検見取法によった。1744年田方綿作の検見は停止され,以後は稲の上々毛なみに徴収されるようになった。畑方検見も1738年に停止され,畿内・中国筋のみで行われるようになった。畑方木綿作の検見は村方が提出した〈内見斤付帳〉をもとに籾に換算する有毛検見取法によった。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典(旧版)内の木綿検見の言及

【検見】より

…田方にタバコ,木綿,アイ,ベニバナ,アサや野菜を作付けすれば,百姓勝手作として1735年田方上毛並に合付することとした。38年(元文3)これまで破免検見引していた畑作を定免とし,破免検見引を田方に限ったが,畿内・中国筋は畑・田とも綿作をしているので木綿検見(きわたけみ)を行った。木綿検見は小商品生産発展の成果を年貢として吸収する方法であり,綿の吹き終わる9月末ごろ坪竿を入れ,枠内の綿木を抜き綿の実(桃という)を取って数え,籾に換算して年貢を算出した。…

※「木綿検見」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」