志野神社(読み)しのじんじや

日本歴史地名大系 「志野神社」の解説

志野神社
しのじんじや

[現在地名]粉河町北志野 桜

さくら池の堤の南側に鎮座する。中社に東屋御前愛宕権現、東社に若宮熱田神、西社に粟島あわしま神と蛭子えびす神を祀る。旧村社。南北両志野村(現粉河町)の産土神で、三社明神社とも東屋御前あずまやごぜん神社とも称する。社伝は社地を「日本書紀」神功皇后摂政元年二月条に記される小竹宮しののみやの地とする。「日本書紀通釈」も当地とするが、現御坊市その小竹しの八幡神社の地ともいわれる。「続風土記」も小竹宮跡とし、「今東屋御前を本社とすれとも、三社明神と称へて合せ祀れる神の多く在すは皆後世の所為なるへし、此如の霊跡なれとも後世兵乱に因りて衰微に及ひ」とし、さらに「古の社殿記録等天正の兵火に焼亡して事蹟も詳ならす、土人の口碑に造りたる事もなく痛く衰廃に及ひしを、慶安三年庚寅の春、村中に桜池を穿せられし時、明神の社殿より夜々奇異の霊光を発し、近辺地動の状ありしかは、土人震駭せさるものなし、土功を掌りし人有賀喜兵衛・木村五郎太夫即その事を注進す、国君聞し召れ即時に本社・末社・瑞籬・鳥居等御造営あらせられ、尚又万治元年境内山林等を寄せられて著き神社となれり」と述べている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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