建築モデュール(読み)けんちくモデュール(英語表記)architectural module

改訂新版 世界大百科事典 「建築モデュール」の意味・わかりやすい解説

建築モデュール (けんちくモデュール)
architectural module

建築を構成する部材ないしは建築空間の大きさを決める際に基本となる寸法単位,またはそのような寸法の集合。建築モデュールによって建築および構成部材の寸法を調整することをモデュラーコオーディネーションmodular coordination(またはモデュール割り)という。

 古くは建築各部の寸法の比例関係を定める機能を果たしたとするのが一般的な解釈であるが,むしろこの言葉が広く用いられるようになったのは,建築の工業化が現実に進展し始めた第1次世界大戦以降,とくに第2次世界大戦以後のことである。建築の工業化・産業化,または建築部品の量産化は,建築構成材相互の互換性を要請する。その互換性を保証するために,寸法の単位としての建築モデュールの役割が重要となり,またそのような建築モデュールが規格標準として定められるようになったのである。日本においては,メートル法の実施に伴って〈建築モデュール〉(JIS A 0001)が1963年に工業規格として制定され,また,国際標準化機構(ISO)においても〈モデュラー・コオーディネーション-ベーシック・モデュール〉(ISO 1006)が73年に制定された。

建築モデュールには,大別して二つの考え方がある。一つは,すべての寸法の単位となる単一の寸法を指してそれをモデュールと呼ぶものであり,もう一つは多く用いられる寸法を拾い出しその集合をモデュールとするものである。前者の代表的な例として,1920年代に提唱されたアメリカのA.F.ベミスの立方格子方式がある。これは三次元空間のXYZの3軸を10cmまたは4インチの基準単位によって等分し,その結果としてできた立方格子に従って建築およびその部分の寸法を定めようとしたものであり,後に大きな影響を及ぼした。ISO規格骨子も,1M=100mmをベーシック・モデュールと呼び,その倍数によって建築各部の寸法を調整しようとするもので,ベミスの提案の延長上にあるものと考えてよい。

 単一の寸法をモデュールとする考え方は,モデュールの規格としての機能を重視したものといえるが,一方,寸法の集合をモデュールとする考え方では,寸法の範囲を慣用的なものに限定し,それを手段に設計にある種の合理性を導入しようとする手法的な意味合いも強い。このようなモデュール・システムの評価にあたっては,必要十分な寸法がそのシステムに含まれているかどうか,またモデュール寸法の合成分解がそのシステムの範囲の中で可能かどうかといった点が問題になる。さらには,建築モデュールに対する一般的な要求として,小さな寸法にはきめ細かく,大きな寸法にはある程度粗くといった決め方も必要である。

 寸法の集合としてのモデュールは,一般に規則的な構造をもっており,そのような構造を生成する手段としては各種の数列が用いられる。もっとも簡単な数列は等差数列であるが,初項と公差を等しくすれば,これは単一の寸法を指してモデュールと呼ぶ場合と同一になる。次によく用いられる数列は等比数列であり,これによって生成されたモデュールは,乗除算による寸法の合成,分解には有効であるが,加減算による合成,分解には難点がある。公比としては約数の多い数値のほうが便利であるが,より高い汎用(はんよう)性を考慮していくつかの倍数系列を組み合わせてモデュールを作り出すことのほうが多い。1955年にヨーロッパ生産性本部(EPA)案として提示されたモデュールはこの例の一つで,1,2,3,4,5を基本数値とし,2倍と3倍の数列を三角形に組み合わせたシステムとなっている(図1)。単位は10cmまたは4インチであり,10cmの場合は1を10とし,4インチの場合は1を4として数列を読みかえる。

 フィボナッチ数列は直前2項の和を次の項とする数列であり,並び合う2項の比が急速に黄金比に収束するため,建築においては特殊な意味をもたされている数列である。この数列ではその定義により,ある制限内でのモデュールの合成や分解は可能であるが,寸法の割込みなどには不つごうであるため,多くは他の倍数系列と組み合わせて使われる。イギリスのE.エーレンクランツによるナンバー・パターン(図2)は,そのような提案の一つで,インチ・スケールで用いられる。ル・コルビュジエによるモデュロールは,人体寸法をフィボナッチ数列にあてはめたものとしてよく知られている。

 JISの建築モデュールは,2倍系列(その逆数としての5倍系列を含む)に3倍系列および7倍系列を組み合わせて数値を拾い出し,これらに1mmから1万mmまでの単位をかけてその中から5mmの倍数だけを選び出すという手順で作られており,含まれる寸法の数は多い(図3)。

 JISの建築モデュールはこのように寸法の集合を規定したものである。一方,日本で従来から一般的に用いられている3尺≒90cmという寸法の単位も,実質的に建築モデュールとして機能していることは事実である。こうした伝統もあって,日本の建築構成材の多くは90cm,あるいはそれより派生した30cm,45cmの倍数によって寸法が決められている。このように,空間寸法,または構成材の寸法に,とくに標準として妥当なモデュール寸法をあて,それを優先サイズと呼ぶことがある。
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