帷庄(読み)かたびらのしよう

日本歴史地名大系 「帷庄」の解説

帷庄
かたびらのしよう

可児市西部の石原いしはら名荷みようが菅刈すげかり善師野ぜんじの古瀬こせ中切なかぎりしお地区一帯、近世の帷(帷子)郷に比定される。「吾妻鏡」建久元年(一一九〇)四月一九日条の内宮役夫工料未済注文に「(帷)加納」とあり、伊勢内宮領。幕府は伊勢内宮からの訴えにより右兵衛督(一条能保)に工作料納入を命じている。おそらく能保室(源頼朝妹)が給主であったと思われる。「神鳳鈔」では「惟加納」の面積は七六町三反余とある。「吾妻鏡」建久三年一二月一四日条によれば当庄は平家没官領で、頼朝から妹の能保室へ譲られ、その死後は子へと譲与された。

南北朝期以降は禁裏御料所となり、山城醍醐寺三宝さんぼう院が知行した(延文二年一一月二〇日「後光厳天皇綸旨案」醍醐寺文書など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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