宮島 幹之助(読み)ミヤジマ ミキノスケ

20世紀日本人名事典 「宮島 幹之助」の解説

宮島 幹之助
ミヤジマ ミキノスケ

明治〜昭和期の寄生虫学者 慶応義塾大学医学部教授;衆院議員(民政党)。



生年
明治5年8月12日(1872年)

没年
昭和19(1944)年12月11日

出身地
山形県

学歴〔年〕
東京帝大動物科卒,京都帝大大学院

学位〔年〕
医学博士(京都帝大)

経歴
京都帝大医科大学講師、京都高等工芸学校講師、痘苗製造所技師、伝染病研究所技師を歴任。のち慶応義塾大学教授を務める。北里研究所創立と共に理事となり寄生虫部長を兼ね、のち副所長を務めた。また国際連盟保健機関の常設委員・日本代表を務め、国際阿片会議帝国代表専門委員としてジュネーブに出張した。マラリアツツガムシ病などの媒介体の研究で知られる。大正13年衆院議員(民政党)に当選1回。著書に「蛙の目玉」「動物と人生」「北里柴三郎伝」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「宮島 幹之助」の解説

宮島 幹之助 (みやじま かんのすけ)

生年月日:1872年8月12日
明治時代-昭和時代の寄生虫学者。医学博士;北里研究所寄生虫部長
1944年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android