大船渡村(読み)おおふなとむら

日本歴史地名大系 「大船渡村」の解説

大船渡村
おおふなとむら

[現在地名]大船渡市大船渡町

さかり川河口西岸にある。東は大船渡湾に面し、北は田茂山たもやま村、南は末崎まつさき村に接した漁村。寛永一八年(一六四一)の大舟渡村検地帳(及川文書)によれば本百姓四四、ほかに内の者一〇、田二七町二反余(二九貫四八三文)・畑一〇八町六反余(二一貫三〇四文)・茶畑一畝(二〇文)・屋敷五町四反余(一貫五六文)正保郷帳では田二七貫七二〇文・畑二一貫二一五文、ほかに新田一貫八七二文、水損とある。宝永二年(一七〇五)人数改の総人数一千一七五、うち塩煮八四五、鉄砲数八。元禄三年(一六九〇)の本判一二枚一分九厘六毛(気仙史料)。「安永風土記」によれば田三五貫七五一文・畑二二貫五三一文(うち茶畑二〇文)で一円蔵入地、人頭二五〇、寛永一八年の検地竿答百姓四五、家数二五〇、男六一八・女五九九、馬二〇九、船九一(五太木一・小船八・さっぱ四三・かっこ三九)。代数有之百姓は二七名。小名として箭崎やざき、屋敷名三三、産物としてきんこを記す。

慶長五年(一六〇〇)頃、欠の下かけのしたに塩方会所があり(気仙史料)猪川いかわの臼井家の享保八年(一七二三)の書上(臼井文書)には慶長年中同家の三右衛門が二〇年余にわたって気仙けせん・陸奥本吉もとよし両郡の「御塩方上廻り役」を務めたとある。

大船渡村
おおふなとむら

[現在地名]金山町大船渡

飛騨川東岸、馬瀬まぜ川との合流点北東にある。南は美濃国加茂郡田島たじま村。大舟渡・大舟戸とも書く。古代東山道の飛騨支路の渡しを当村付近に推測する説もある。慶長一〇年(一六〇五)五月二三日の実蔵坊飛騨檀那目録案(経聞坊文書)に「大舟戸 四郎三郎殿やト」とみえる。同年の飛騨国郷帳では麻生あそう郷に属し、高六八石余、うち田七石余・畑六一石余、物成二一石余。同一八年の郷帳では五八石余。元禄検地反歩帳では下原しもはら郷に属し高三四石余、田三反余・畑五町四反余。「飛騨国中案内」では免二割六分三厘余、家数二〇、うち百姓一七・門屋三。

大船渡村
おおふなどむら

[現在地名]燕市大船渡

小古津新こふるつしん村・勘新かんしん村の北に連なる。元和六年(一六二〇)の三条御引渡郷村帳(幸田重寛氏文書)に大船戸村・高一一一石六斗とある。同九年幕府領となり、正保国絵図は一一六石余。往古小船渡とも称したという(小中川村誌)。慶安二年(一六四九)に村上藩領となり、貞享元年(一六八四)郷村高辻帳は一七〇石余。天明二年(一七八二)高崎藩の一ノ木戸郡中郷村高辻帳(更科家文書)は二一四石九斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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