地域振興(読み)ちいきしんこう(英語表記)community development

大学事典 「地域振興」の解説

地域振興
ちいきしんこう
community development

広義には,大学が立地することにより若者の集住や卒業生の輩出,文化的威信の上昇がもたらされ,それによって経済効果が生み出されるなどの間接的な地域の活性化を含むが,狭義には大学固有の教育・研究活動とその成果を立地地域に直接投入することで地域における諸課題の解決,近年ではとくに経済発展がもたらされることを指す。

[日本]

第2次世界大戦前において狭義の地域振興は,大学令により設立され始めた公立大学によって個別に展開された。最初の公立大学(地域振興)である大阪医科大学(現,大阪大学)の学長佐多愛彦は,大学が都市と連携し教育・研究の課題に応えて都市に貢献することが帝国大学とは異なる公立大学独自の役割だと論じ,都市労働者の健康問題に対処するため「労働生理学講座」を設けた。1920年代半ばには大阪商科大学(現,大阪市立大学)の創設に向けて当時の大阪市長関一が「都市を背景とした学問の創造」を求め,同大学は都市研究を目的とする「市政科」を置いて都市の振興を目指した。

 第2次世界大戦後には,1947年(昭和22)の教育刷新委員会総会で採択された建議「文教施設の整備に関すること」で「地方文化の高揚及び産業発展の基盤」とするべく,大学の大都市集中の是正と地方分散が提言されたように,広義の地域振興に果たす大学の役割は,早い時点で政策課題として認識されていた。1964年の社会教育審議会答申「大学開放の促進について(社会教育審議会答申)」は「地域振興への協力活動の推進」を大学に直接的に要請した。そこでは大学が公開講座のほか,教育スタッフ,研究成果ならびに施設設備を動員して地域振興に寄与することが望ましいとして,①地域の農林,水産,商工業など産業各般にわたる振興計画の立案・実施への助言協力,②地域における教育,文化,社会,生活各般にわたる具体的諸活動への指導,助言および技術指導,③地域における諸問題について諸機関・諸団体への資料提供,共同調査・共同研究,④大学附属の研究施設・設備等の公開の4点が示された。

 1970年代後半以降になると,国土計画において大学を中心とした地域振興が目指されるようになる。1977年に閣議決定された第三次全国総合開発計画(三全総)は,地方での特色ある大学等の整備,とりわけ都市基盤との連携による地域との一体的整備,学園都市の整備などを提言した。これを受けて国土庁内に設置された大学立地検討連絡会議が,大学が地方都市の魅力の向上,地域開発の核として果たす役割を考慮する必要があるなどとした「大学等の地域的適正配置の推進について」をとりまとめた。

 1983年には高度技術工業集積地域開発促進法(テクノポリス法)が制定され,高度技術に立脚した工業開発を促進する地域の指定要件に大学の立地が明記された。同法を踏まえた1987年の第四次全国総合開発計画(四全総)は,地域で産業振興に果たす大学の役割を強調し,「産学住の一体的整備を図るテクノポリスの整備」を盛り込んだ。テクノポリス法は1998年(平成10)に新事業創出促進法に引き継がれ,四全総に続く「21世紀の国土のグランドデザイン―地域の自立の促進と美しい国土の創造」も,大学による地域産業の振興を追求し,地方の中枢拠点都市圏での研究学園都市やリサーチパークの整備,研究開発機能を担う人材の育成・確保を図るため大学等の充実や地域企業との連携強化を図るとした。

 この方向は,2015年に閣議決定された「国土形成計画(全国計画)」にも受け継がれ,大学は「地域の個性を活かしたイノベーションを育む知的交流拠点」となることが期待されている。以上のように地域振興における大学への期待は高まりつつあるが,今日,政策的には広義のそれから狭義のそれへ,全産業から工業中心へと,二重の意味で集約化される傾向にある。
著者: 吉川卓治

アメリカ

アメリカの大学(地域振興)合衆国では,農村部において,19世紀末から大学が地域振興に寄与してきた。農業拡張(アメリカ)(Agricultural Extension)といわれる事業で,農業経営指導や農村部の生活改善を包括的に含んでいる。1914年には,スミス・レヴァー法によって協同拡張事業(アメリカ)(Cooperative Extension Service)として法制化され,ランドグラント・カレッジ農学部と連邦農務省の協力のもとで行われた。今日も大学の地域振興部局は,地域経済開発,地域指導者育成,地域計画,能力開発支援などにより農村部の地域振興を担っている。

 都市部では,1960年代のジョンソン大統領(Lyndon B. Johnson)による貧困撲滅運動(War on Poverty)以来,都市再生に関して大学が政策的提言を行ってきた。1994年には,連邦住宅都市開発省が大学との連携を推進する部署を設置してコミュニティ・アウトリーチ・パートナーシップ・プログラム(アメリカ)を開始した。これは低所得者が多い都市部の住宅供給,雇用開発,犯罪防止などの問題解決を図るため,大学に助成金を供給するプログラムであった。

 地域産業政策という点では,大学から産業界への技術移転を促進する産学連携が注目されている。その嚆矢は1910年代に遡るが,特に第2次世界大戦後,イノベーションは研究から開発・生産に向かって起こるとするリニア・モデルの考えにより,大学では基礎研究が盛んになった。ところが1970年代に入ると,ヴェトナム戦争後の連邦研究資金削減により,産学連携に関心が高まった。バイ・ドール法(アメリカ)(1980年)は,連邦研究資金で行った発明の成果に対して,大学や研究者が特許権を取得することを認めた。これにより,技術移転組織を介して大学と企業を結ぶ新しいモデルが台頭した。市場がイノベーションを生むとする連鎖モデルにおいて,地域が大学に期待するのは,地域内での知識の集積により,研究・開発・生産・販売のプロセスの相互作用を促すことである。これによりシリコンバレーのように高付加価値・高賃金を生むハイテク産業の創出が期待された。1990年代になると,大学の周辺にインキュベーション施設をつくってベンチャー企業を支援し,軌道にのればリサーチパークで研究開発を進め,さらにその周辺に工場を建てて地元の労働者を雇用するというサイクルが生み出された。

 しかしながら研究大学のなかでも,人材流出や資金運用の失敗によって,このサイクルがうまく回らない場合が見られる。また,産学連携の推進が学問的誠実性(アカデミック・インテグリティ)を損なう危険も指摘されている。第1に,利益優先のためのデータの捏造という不正行為が考えられる。第2に,研究資金を提供する企業に有利な研究成果を発表したり,企業の依頼で研究成果を秘密にしたりするといった利益相反が起こりうる。第3に,教員が外部の活動に時間とエネルギーを割くことで,本来の責務である教育と研究がおろそかになるという責務相反も考えられる。そのほかにも,指導教員が秘匿主義,応用研究偏重,短期的成果志向となれば基礎研究が軽視され,将来を担う人材の質が低下するという問題がある。したがって,産学連携の進展は地域産業振興に不可欠ではあるが,いかにして教育研究の中立性を守るかが課題となっている。
著者: 五島敦子

EU

EU(欧州連合)では,ヨーロッパ地域間に存在する深刻な経済的,社会的な格差が,単一市場およびその通貨であるユーロを含め,EUの基盤を弱体化させるとして,地域格差の縮小に向け雇用の創出,競争力の強化,経済成長,生活の質の向上,持続可能な開発等にかかわるさまざまな取組みが地域政策の枠内でサポートされている。サポートは,通常,申請された対象プログラムへの資金提供というかたちで行われており,そのおもな財源である欧州地域開発基金(ERDF),欧州社会基金(ESF),結束基金(EU)(CF)は,これらだけでEUの全体予算の3分の1以上を占める規模となっている。

 地域政策を進めるにあたっては,大学は地域の産業を支える中小企業や市民とともに地域振興の重要なステークホルダーとされている。とくに2009年のギリシアの財政危機を発端にヨーロッパ全体を襲った金融・財政危機以降は,そうした状況を打開すべくEUの2010~20年の経済・社会戦略「欧州2020」に目標の一つとして「知識とイノベーションによる経済発展(EU)」が設定されたことで,その担い手である大学にはますます大きな役割が期待されるようになっている。

 中小企業や地域社会への大学の連携・協力が最も期待されているのが,「研究・イノベーション」と「教育・訓練」の領域である。これらの領域での大学の連携・協力の具体的なあり方としては,①大学の研究活動を通して地域のイノベーションを高める取組み,②企業・ビジネスの発展と成長を促進する取組み,③地域の人的資源とスキルの開発に貢献する取組み,④学生のボランティアや社会参加,また地域の文化的発達や公共的空間における魅力ある居場所づくり(Place Making)を通して社会的平等を促進する取組みの4種類が挙げられる。これは,2011年9月にEUの行政執行機関である欧州委員会が策定した「地域の成長への大学のかかわり:実践ガイド(EU)(Connecting Universities to Regional Growth: A Practical Guide)」において,EUの地域政策の枠内で助成対象となる大学連携型プログラムの例として類型的に示されたもので,これらの取組みに該当するプログラムに対しては,前掲の欧州地域開発基金や欧州社会基金から資金提供がなされている。

 地域社会への大学の連携・協力を重視するEUの態度は,2014年5月に運用が始まった大学多元ランキング(EU)「U-Multirank」の構想にもみられる。これは従来の大学ランキングが研究業績に重きを置き過ぎているとの反省から,研究業績のみならず教育と学修の質,知識移転における成功,国際化の方向性,地域社会への貢献度といった観点からも74ヵ国850以上の大学を比較可能にしたもので,地域社会への貢献度が,①地元地域で就職した修了者の数,②地元地域からの収入,③地元地域における学生のインターンシップの件数,④地元地域の中等教育学校生徒のためのサマースクールの実施率,⑤地元地域が関与した研究出版物の数などによって測られている。
著者: 髙谷亜由子

[日本]◎藤原良毅『現代日本高等教育機関地域配置政策史研究』明治図書,1994.

[アメリカ]◎宮田由紀夫『アメリカにおける大学の地域貢献―産学連携の事例研究』中央経済社,2009.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報