日本大百科全書(ニッポニカ) 「和田峠(長野県)」の意味・わかりやすい解説
和田峠(長野県)
わだとうげ
長野県中央部、諏訪(すわ)郡下諏訪町と小県(ちいさがた)郡長和町(ながわまち)の境界にある峠。標高1531メートル。国道142号(中山道(なかせんどう))が通じる。近世には中山道が現在の峠の西方1キロメートルの所(1615メートル)を通り、中山道の峠のなかで最大の難所であった。そのため幕府は峠に唐沢(からさわ)、東餅屋(ひがしもちや)などの休み場を許可した。1877年(明治10)に旧峠の東の鞍部(あんぶ)(1570メートル)を通る道ができ、さらに1896年には最近まで使われていた峠(1531メートル)ができた。明治期には諏訪の製糸工場で働く女工や原料繭(まゆ)などが馬車で峠を越えた。峠付近は、打製石器の原材である黒曜石の産地で、峠東方の男女倉遺跡群(おめぐらいせきぐん)は黒曜石を用いた石器製作の跡と推定される。また今日でもブローチなどに加工されている。1978年(昭和53)、標高の低い位置で峠下を通過する有料の新和田トンネルが開通し、峠を越す国道142号部分の交通量は少なくなった。
[小林寛義]
『市川健夫著『信州の峠』(1972・第一法規出版)』