日本大百科全書(ニッポニカ) 「厚生年金保険」の意味・わかりやすい解説
厚生年金保険
こうせいねんきんほけん
日本の公的年金制度の一つで、公務員を含む雇用労働者を対象とし、全国民共通の基礎年金に上乗せして支給される二階部分の報酬比例の年金制度。厚年(こうねん)と略称される。
[山崎泰彦 2020年11月13日]
沿革
民間企業の労働者を対象とする最初の公的年金制度は、船員を対象に1939年(昭和14)に制定され、翌1940年に施行された船員保険法によるものであった。陸上労働者を対象とする最初の公的年金制度は、男子工場労働者を対象として1941年に制定され、翌1942年に施行された労働者年金保険法によるものである。同法は、1944年の改正により、適用対象が事務職員と女性にまで拡大され、名称も厚生年金保険法と改められた。厚生年金保険は、第二次世界大戦後しばらくの間、経済社会の混乱により機能停止していたが、1954年(昭和29)の全面改正により再建された。その後、高度経済成長期には先進国水準を目ざして給付改善が行われ、とくに1973年の改正では、年金額の算定基礎となる過去の報酬の再評価、物価スライド制の採用などが行われた。
その後1980年代に入ると、少子高齢化社会に対応した公的年金制度全体の公平化と安定化が要請されるようになった。1985年改正では全国民共通の基礎年金が導入され、これに伴って厚生年金保険は、共済年金とともに、基礎年金に上乗せして報酬比例の年金を支給する、二階部分の年金制度の役割を担うことになった。また、この改正以来、将来の負担増を緩和するための給付の抑制が改正の基調になっている。以下はその後の改正の主要事項である。
(1)1994年(平成6)改正 定額部分の支給開始年齢を60歳から65歳に段階的に引上げ(男性は2001年度から2013年度にかけて、女性は2006年度から2018年度にかけて)。育児休業期間中の保険料免除。
(2)1996年改正 日本鉄道共済組合(JR共済)、日本電信電話共済組合(NTT共済)、日本たばこ産業共済組合(JT共済)の年金を厚生年金へ統合。
(3)2000年(平成12)改正 報酬比例部分の支給開始年齢を60歳から65歳に段階的に引上げ(男性は2013年度から2025年度にかけて、女性は2018年度から2030年度にかけて)、報酬比例部分の年金水準の5%引下げ、65歳以後の年金額改定の物価スライドへの一本化。
(4)2001年改正 農林漁業団体職員共済組合の年金を厚生年金へ統合。
(5)2004年改正 最終保険料を固定したうえで給付水準を自動調整するマクロ経済スライド方式の導入、離婚時の年金分割の導入。
(6)2012年改正 短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大、産休期間中の保険料免除、公務員等に厚生年金の適用を拡大する被用者年金一元化。
(7)2016年改正 短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大、年金額改定ルールの見直しなど。
(8)2020年(令和2)改正 短時間労働者等に対する被用者保険の適用拡大、在職中の年金受給のあり方の見直し、受給開始時期の選択肢の拡大など。
[山崎泰彦 2020年11月13日]
被保険者
厚生年金保険は、一定の要件に該当する事業所・船舶を適用事業所とし、そこに使用される70歳未満の者を被保険者としている。強制適用事業所は、常時5人以上の従業員を使用する事業所・船舶、および常時従業員を使用する法人の事業所である。5人未満の個人事業所と、5人以上であってもサービス業の一部や農業・漁業などの個人事業所は、強制適用の扱いを受けないが、事業主が従業員の2分の1以上の同意を得て、任意適用事業所となることができる。なお、短時間労働者の適用については、近年、被用者保険の適用拡大が進められており、(1)2016年10月から、501人以上の企業で、1週間の所定労働時間が20時間以上、月収8万8000円以上等の要件を満たす短時間労働者に適用拡大、(2)2017年4月から、従業員500人以下の企業で、労使の合意に基づき、企業単位で、短時間労働者への適用を可能とする(国・地方公共団体は、規模にかかわらず適用)、(3)2022年10月から、従業員100人以上の企業、2024年10月から50人以上の企業に適用拡大。
[山崎泰彦 2020年11月13日]
給付の概要
厚生年金保険の給付は、老齢厚生年金、障害厚生年金・障害手当金、遺族厚生年金の3種類である。これらの給付は、基礎年金の支給要件を満たした場合に、原則として基礎年金に上乗せする形で支給されるが、経過的に65歳前に支給される特別支給の老齢厚生年金、3級の障害厚生年金、障害手当金、子のない配偶者・父母・祖父母・孫に対する遺族厚生年金は、基礎年金とは別に支給される厚生年金保険のみの独自給付である。支給額は、基礎年金が定額であるのに対して、厚生年金の給付は被保険者期間と在職中の報酬に応じて支給される。
[山崎泰彦 2020年11月13日]
老齢厚生年金
老齢厚生年金は、厚生年金の被保険者期間を有する者で、老齢基礎年金の資格期間を満たした者に支給される。支給開始年齢は65歳であるが、経過措置として65歳前に特別支給の老齢厚生年金(定額部分+報酬比例部分)が支給される。経過措置の対象になるのは、定額部分は1949年(昭和24)4月1日以前生まれ、報酬比例部分は1959年4月1日以前生まれの者である(女性は5年遅れ)。老齢厚生年金は、退職して被保険者資格を喪失した場合には全額が支給されるが、在職している場合には報酬と年金の合計額に応じて年金額の一部または全部が支給停止される。老齢厚生年金の年金額は「報酬比例部分+定額部分(65歳未満に限る)+加給年金額」である。報酬比例部分の年金額は「被保険者期間中の平均標準報酬額×乗率×被保険者期間の月数」である。平均標準報酬額は、被保険者期間中の賞与を含む報酬を現在の賃金水準に置き換えて算出する。定額部分の年金額は「単価×被保険者期間の月数」で、65歳以後の老齢基礎年金に相当するものである。加給年金額は、被保険者期間が20年以上または40歳(女性は35歳)以降15年~19年の被保険者期間がある受給権者に生計を維持されている要件を満たした配偶者と子がいる場合に、定額で支給される。
[山崎泰彦 2020年11月13日]
障害厚生年金・障害手当金
障害厚生年金は、厚生年金の被保険者期間中に初診日のある傷病が原因で、障害基礎年金に該当する障害(1級・2級)が生じたときに、障害基礎年金に上乗せして支給される。また、障害基礎年金の障害等級に該当しない程度の障害であっても、厚生年金の障害等級に該当するときは、3級の障害厚生年金または一時金として障害手当金が支給される。障害厚生年金の年金額は、報酬比例の年金額(被保険者期間中の平均標準報酬額×乗率×被保険者期間の月数)を基本として、1級は2級の1.25倍、1級と2級は配偶者加給が加算される。障害手当金は報酬比例の年金額の2年分相当額である。
[山崎泰彦 2020年11月13日]
遺族厚生年金
遺族厚生年金は、厚生年金の被保険者が死亡したとき、老齢厚生年金の受給権者が死亡したときなどに、その者によって生計を維持していた遺族に支給される。遺族の範囲は、遺族基礎年金の支給対象となる遺族(子のある配偶者または子)、子のない配偶者(夫の条件については後述)、被保険者等が死亡したときに55歳以上である夫・父母・祖父母(いずれも60歳から支給)、孫である。この場合の子、孫とは、婚姻をしていない18歳到達年度の末日までの子および20歳未満であって障害の程度が1、2級の子である。遺族厚生年金が支給される遺族の順位は、(1)配偶者と子、(2)父母、(3)孫、(4)祖父母であり、先順位の者が受給権を取得すれば、その後に先順位の者が受給権を失っても、次順位の者には支給されない。遺族厚生年金の年金額は、報酬比例の年金額の4分の3を基本として、妻が受給権者の場合は、これに中高齢寡婦加算額または経過的寡婦加算額を加えた額である。
[山崎泰彦 2020年11月13日]
費用負担
厚生年金保険の給付に要する費用は、保険料と積立金(保険料の一部を充当したもの)の運用収入によってまかなわれる。保険料は、被保険者の標準報酬月額と標準賞与額に保険料率を乗じて被保険者と事業主が折半負担する。ただし、産前42日産後56日までの休業期間中および、子が3歳になるまでの育児休業期間中については、被保険者および事業主の保険料が、健康保険料とともに免除される。なお、標準報酬月額とは、労働の対価として支払われるすべての報酬(ただし、臨時に受けるもの、3か月を超える期間ごとに受ける賞与等を除く)を仮定的な報酬に置き換えて等級区分したもので、1級(下限)8万8000円~32級(上限)65万円となっている。標準賞与額についても1回の支給につき150万円の上限がある。保険料率は、2004年改正以降毎年0.354%ずつ引き上げられてきたが、2017年9月以降は18.3%で固定されている。
[山崎泰彦 2020年11月13日]
『日本社会保障法学会編『新・講座社会保障法1 これからの医療と年金』(2012・法律文化社)』▽『みずほ総合研究所編著『図解 年金のしくみ』第6版(2015・東洋経済新報社)』▽『吉原健二・畑満著『日本公的年金制度史――戦後七〇年・皆年金半世紀』(2016・中央法規出版)』▽『坪野剛司監修、年金綜合研究所編『年金制度の展望』(2017・東洋経済新報社)』▽『田村正之著『人生100年時代の年金戦略』(2018・日本経済新聞出版社)』▽『『年金制度機能強化法の改正点の解説』(2020・社会保険研究所)』▽『『厚生年金保険法総覧 令和2年10月版』(2020・社会保険研究所)』▽『厚生労働統計協会編・刊『保険と年金の動向』各年版』▽『『社会保険のてびき』『年金のてびき』各年版(社会保険研究所)』