北大島村(読み)きたおおしまむら

日本歴史地名大系 「北大島村」の解説

北大島村
きたおおしまむら

[現在地名]館林市大島町おおしまちよう

北西を渡良瀬川が東へ流れ、北東は西岡にしおか新田・はなれ(現邑楽郡板倉町)、西は下早川田しもさがわだ村、南は新当郷しんとうごう田谷たや大曲おおまがり大荷場おおにんば細谷ほそや(現板倉町)の五ヵ村。北は下野国安蘇あそ船津川ふなつがわ(現栃木県佐野市)と相対する。東西に細長い邑楽おうら郡一の大村で、かつては矢場やば川の北岸に位置していた。北大島・山王さんのう正儀内しようぎうち寄居よりい下新田しもしんでんの五ヵ村、もしくは観音かんのん上新田を加え七ヵ村として扱われる場合もあった(寛政一二年筆写の「定式組合村々高帳」筑比地文書)。はじめ下野国安蘇郡に属したが、文禄四年(一五九五)洪水で渡良瀬川の河道が北へ変わり、上野国になったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報