但東町(読み)たんとうちよう

日本歴史地名大系 「但東町」の解説

但東町
たんとうちよう

面積:一六一・九六平方キロ

出石郡の東半を占め、北は京都府熊野くまの久美浜くみはま町・なか峰山みねやま町・同郡大宮おおみや町、東は京都府与謝よさ野田川のだがわ町・同郡加悦かや町・福知山市、南は京都府天田あまた夜久野やくの町と朝来あさご和田山わだやま町、西は出石町に接する。周囲は法沢ほうたく山・高竜寺こうりゆうじヶ岳・磯砂いそずな山・権現ごんげん山・江笠えがさ山・三国みくに山・居母いぼ山・富岡とみおか山・東床尾ひがしとこのお山など標高五〇〇―八〇〇メートルの山々に囲まれ、中央部には郷路ごうろ岳・東里とうりヶ岳が迫り出している。このため周辺の地域との接触は峠越えで行われてきた。これらの山々は太田おおた川・出石川水源ともなっているが、町域では平野部は少なく、農業の規模は小さかった。令制以来出石郡に属し、戦国期には出石有子山ありこやま(現出石町)城主配下であったと考えられる。江戸時代の村数は天保郷帳によれば三六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報