人工膵島(糖尿病)

内科学 第10版 「人工膵島(糖尿病)」の解説

人工膵島(糖尿病)

(5)人工膵島(artificial endocrine pancreas)
a.概念
 膵β細胞の基本的機能はインスリンの生合成,蓄積,調節的分泌であり,血糖値の変動を検出し,その変動に応じて細胞内代謝を変え,蓄積したインスリンを速やかに分泌することで血糖動態を制御している.人工膵島は,このような膵β細胞の機能を人工的に置換し,糖尿病患者の失われた膵β細胞機能を代替するものである.したがって,人工心臓,人工肝臓など生命を救うという劇的な効果を期待するのではなく,長期応用によって糖尿病合併症の発症進展を阻止し,機能的寿命の延長を追求した,二義的で機能的な人工臓器といえる.
b.分類
 人工膵島は,広義に3型に分類することができる.第一は,すべてを人工的に機械で置換する機械工学的人工膵島,第二は,計測,制御,操作の3部門(下記)を血糖応答性のインスリン分泌細胞に依存するバイオ人工膵島,第三は,血糖濃度変化に対応しインスリンを放出するために材料設計,薬剤設計をした化学的人工膵島である.本項では狭義の人工膵島である機械工学的人工膵島の現状について述べる.
c.機械工学的人工膵島
ⅰ)基本構成
 膵α,β両細胞の機能とその機能を置換する人工膵島の基本構成は,①血糖値を連続的に計測する装置で,細胞の情報認識機構に相当する計測部門(センサ),②計測された血糖情報に対し,膵β細胞のインスリン分泌特性,標的臓器のインスリン作用特性,および膵α細胞からのグルカゴン分泌特性のモデルに従い必要最少量のインスリン量(またはグルカゴン量)を算出する細胞内情報伝達機構に相当する制御部門(プロセッサ),③インスリンおよびグルコース(またはグルカゴン)貯蔵器と注入ポンプシステムからなり,細胞内膵β顆粒,α顆粒とその分泌機構に相当する操作部門(エフェクタ)の3部門からなる(図13-2-25).
 人工膵島は,上記3部門を統合した完全自動治療制御システム,すなわちclosed-loop control systemである(七里ら,2002).
ⅱ)臨床応用
 ベッドサイド型人工膵島は,二重内腔カテーテルにより採血し,外套内でヘパリン混合凝血を阻止した後,小型グルコースセンサに接続される.測定された血糖値は,インスリンあるいはグルコース注入プログラムにより適正なインスリンあるいはグルコース量に換算され体内に注入されるシステムである.現在稼働中のベッドサイド型人工膵島(STG-22)は1983年厚生省(当時)の認可を得,88年4月より一般臨床応用に供されている.さらに小型化,操作性向上をはかった次世代型ベッドサイド型人工膵島(STG-55,図13-2-26)が2012年に上市された.
 臨床の場においては,以下に示すように,糖尿病患者の短期的な血糖コントロールの手段や,インスリン感受性評価のツールとして使用されている.
1)糖尿病患者の血糖コントロール:
膵全摘術,インスリノーマや褐色細胞腫摘出術,血糖コントロール困難な糖尿病患者の手術時や,不安定型糖尿病患者の血糖制御や糖尿病合併妊娠の分娩時,糖尿病性昏睡などの際の血糖コントロールに適用され,低血糖を回避し,かつ目標血糖値に制御する.近年,400例以上の消化器外科手術においてベッドサイド型人工膵島による血糖管理を行った結果,低血糖を1件も発症することなく,血糖値を80~110 mg/dLに管理し得,感染頻度も減少したとの報告があり,今後ICUや外科救急領域での厳格な血糖管理の手段としてベッドサイド型人工膵島が用いられる可能性がある.しかし,採血量が1日あたり約50 mLに及ぶこと,カテーテル挿入部の感染や静脈炎発症の危険性があること,など長期応用には適さない.
2)インスリン感受性の評価:
正常血糖域クランプ法(euglycemic-hyperinsulinemic glucose clamp法)は,末梢組織のインスリン感受性を評価するための最も確立された検査である.正常血糖域クランプ法は,血中インスリン濃度を100 μU/mLまで上昇させると肝臓からの糖放出が10%以下に抑えられるという知見をもとに,血中インスリン濃度を100 μU/mLとし,肝臓からの糖放出を抑えた状態で,血糖値を一定に保つために必要なグルコース投与量を定量化し,インスリン抵抗性を測定するものである.血糖値が一定であれば,外部からのグルコース注入率(glucose infusion rate:GIR;mg/kg/分)が骨格筋を中心とした末梢組織でのグルコース利用率と見なすことができる.初期インスリン注入により速やかに血漿インスリン濃度は上昇し,GIRはクランプ開始後徐々に上昇してくる.一般的な目安としては,GIRの正常値は8.0~12.0 mg/kg/分,インスリン抵抗性がある場合には6.0 mg/kg/分以下となることが多い.
ⅲ)開発の展望
 現在,長期にわたる厳格な血糖管理と慢性血管合併症の発症進展阻止を目的に携帯型さらには植込み型人工膵島の開発が進められており,まずは長期応用可能な携帯型人工膵島の開発とその臨床応用が望まれている(Nishidaら,2009).現在,携帯型人工膵島の計測部門への応用が期待されるものに,皮下にグルコースセンサを挿入し間質液中のグルコース濃度を連続計測するシステム(持続血糖モニター)がある.本システムはセンサ内のグルコース酸化酵素と間質液中のグルコースを持続的に反応させることで間質液中のグルコース濃度を測定し,同時に測定した血糖値を用いて補正することで,血糖値と近似した値を連続して得ることが可能である.現時点においてわが国で承認されている機器はリアルタイムに結果を表示することは不可能であるものの,リアルタイムでの表示が可能な機器もすでに開発されている.このような持続血糖モニターと体外式インスリン皮下注入ポンプあるいは植込み型インスリン腹腔内注入ポンプとを連動させたclosed-loop control systemを用いて1型糖尿病患者における血糖日内変動の制御が試みられている.その結果,インスリン皮下注入の場合には平均血糖値を135 mg/dLとし,72時間の血糖日内変動の85%を70~180 mg/dLの範囲に,一方,インスリン腹腔内注入の場合には平均血糖値を133 mg/dLとし,48時間の血糖日内変動の39.1%を80~120 mg/dLの範囲に制御することができたとしている(Cobelliら,2011). 糖尿病患者の血糖値を最適に制御することを目標とした人工膵島は,糖尿病患者の血糖値の長期にわたる生理的な制御と,その結果としての細小血管合併症の発症・進展阻止を最終的な目的とするものである.一方,人工膵島は生体の機能をシミュレートするものであり,その追求は生体臓器の本質的な機能や病態のメカニズムを認識するのにも大いに資するものである.得られた新しい知識と技術は,再び治療制御の技術に還元され,更なる発展を遂げることが期待されている.[荒木栄一・下田誠也]
■文献
Cobelli C, Renard E, et al: Artificial pancreas: past, present, future. Diabetes, 60: 2672-2682, 2011.
Nishida K, Shimoda S, et al: What is artificial endocrine pancreas? Mechanism and history. World J Gastroenterol, 15: 4105-4110, 2009.
七里元亮,榊田典治他:内科100年の歩み(内分泌・代謝)Ⅱ.日本人の貢献,4. 人工膵島.日本内科学会雑誌,91: 77-79,2002.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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