二色根村
にいろねむら
[現在地名]南陽市二色根
蒲生田山の南麓、吉野川左岸にある。「にろね」とも発音する。日当りがきわめてよく多数の古墳群・板碑が発見されており、遺跡の密集地である。「米沢事跡考」に伊達家臣粟野喜右衛門が二色根館主であったとあり、天正年中(一五七三―九二)豊臣秀吉に仕えたが、文禄四年(一五九五)死を命じられ家が絶えたとある。山頂に四アールほどの居館跡があり、その周りに二重の空堀が残り、麓には根小家浦の地名がある。根小家浦の東に藤原期の作と思われる准胝観音が祀られ、和頭観音または馬頭観音ともよばれ、かつては雨乞の時に像を山から転がして麓にある和湯治(綿打)の池にほうり込んだという。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報