中石田村(読み)なかいしだむら

日本歴史地名大系 「中石田村」の解説

中石田村
なかいしだむら

[現在地名]沼津市大岡おおおか

木瀬川きせがわ村・下石田村の北、黄瀬きせ川の下流右岸に位置し、北は上石田村。周辺の村々の村域が南北に長いのに対し、当村は東西に長く、隣接する村も多い。天文六年(一五三七)三月三日の大道寺盛昌書状写(武州文書)に「去冬於中石田ニ敵一人彦五郎方高名ニ候処ニ」とみえ、北条氏が駿東・富士両郡に乱入した河東一乱の際に当地は戦場となった。天正一七年(一五八九)一一月二七日、徳川家康は「中石田」の百姓に、年貢納入などに関する七ヵ条の定書(写、旧中石田村民多次郎兵衛文書)を下している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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