下石津村(読み)しもいしづむら

日本歴史地名大系 「下石津村」の解説

下石津村
しもいしづむら

[現在地名]堺市浜寺はまでら石津いしづなか一―五丁・石津いしづ西にし一―五丁・石津いしづひがし一―五丁・諏訪森すわのもり西にし一―二丁・諏訪森すわのもりなか一丁・諏訪森すわのもりひがし一丁・船尾ふなおひがし一丁・船尾ふなお西にし一丁〉・石津いしづ町四丁

みなと村の南にあり、東は上石津村、西は大阪湾に臨む。村のほぼ中央を紀州街道南北に通り、東側上石津村境を熊野(小栗)街道が通る。また南部を石津川が西流し、集落は石津川と紀州街道が交わる地点に集中する。中世石津庄に含まれる。康正二年造内裏段銭并国役引付に「今出河殿御領泉州下石津村」とみえる。慶長一〇年(一六〇五)和泉国絵図では当村および上石津村は「石津村」として高付され高二千二九一石余。その後しばらく一村で扱われるが慶安四年(一六五一)和泉国郷村高辻帳で上下二村に分れ、当村のみの高一千三二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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