上湯江村(読み)かみゆえむら

日本歴史地名大系 「上湯江村」の解説

上湯江村
かみゆえむら

[現在地名]君津市上湯江

下湯江村の東に位置する。下湯江村とともに古代周淮郡湯坐ゆえ(和名抄)の遺称地。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高四七四石。寛永三年(一六二六)当村の三九八石余が旗本石野(赤松)領となった(「知行宛行状」立川家文書)。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では幕府領と旗本赤松領、家数七二。旧高旧領取調帳では赤松領。明和八年(一七七一)三船みふね山の秣場の地所割りをめぐる争論取替証文が出されている。入会であった三船山秣場の新開願に端を発し、同所を利用していた周淮・天羽あまは両郡に属する上湯江・下湯江、障子谷しようじやつ相野谷あいのやつ本郷ほんごう前久保まえくぼ(現富津市)小香しようこうの七ヵ村から開発されては秣場が遠くなり難儀するとの訴えが出され、新開願人の地代金に増金をつけて七ヵ村請にすることで決着した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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