上川俣村(読み)かみかわまたむら

日本歴史地名大系 「上川俣村」の解説

上川俣村
かみかわまたむら

[現在地名]羽生市上川俣

利根川南岸の自然堤防上に位置し、西方あいの川が流れる。桑崎くわさき村の北にあり、古くは東隣の本川俣ほんかわまた村と一村であった。天正六年(一五七八)三月七日、木戸元斎は上野国三夜沢みよさわ大明神(現群馬県宮城村の赤城神社)に羽生城回復を祈願し、祈願成就の際には埼玉郡河俣郷など三ヵ郷から三貫文の地と神馬三疋を寄進することを約している(「木戸元斎願文」奈良原文書)

文禄三年(一五九四)と伝える利根川の締切まで、村名のとおり利根川が二またに分れる分岐点にあたっていた。

上川俣村
かみかわまたむら

[現在地名]宇都宮市川俣町かわまたちよう

東は海道かいどう新田村、南は下川俣村、西は岩本いわもと村に接する平坦な純農村で、村内を山田やまだ川が南流する。家中系図(奥平家文書)の生田内匠尚之の条に、慶長七年(一六〇二)拝領地として川俣村などの村名があげられる。近世初期以来宇都宮藩領。元和六年(一六二〇)上下の二村に分村したという。慶安郷帳に田方三一四石余・畑方一〇一石余とある。元禄一〇年(一六九七)差出帳(五月女久五文書)では元高四八八石、諸役勤高は奥州街道掃除に出役のため三分の一役引となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android