三日月藩(読み)みかづきはん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「三日月藩」の意味・わかりやすい解説

三日月藩
みかづきはん

播磨(はりま)国(兵庫県)佐用(さよ)、揖西(いっさい)、宍粟(しそう)3郡のうち1万5000石余を領した外様(とざま)大名森氏の藩。乃井野(のいの)藩ともいう。1697年(元禄10)美作(みまさか)(岡山県)津山藩森氏の本家改易により、弟の森長俊(ながとし)が美作勝田郡(津山新田藩1万5000石)より移り、陣屋を佐用郡三日月(乃井野)に構えた。長俊から長記(ながのり)、俊春(としのぶ)、俊詔(としつぐ)、快温(はやあつ)、長義(ながよし)、長篤(ながあつ)、長国(ながくに)、俊滋(とししげ)と続き、1871年(明治4)廃藩置県により三日月県となり、俊滋はその藩知事となった。のち姫路県、飾磨(しかま)県を経て兵庫県に編入。1795年(寛政7)快温は藩校広業館を開き、1863年(文久3)俊滋のとき財政困窮のため藩札を発行した。1866年(慶応2)城下に練兵場をつくって農兵隊「捷兵隊(しょうへいたい)」の訓練をし、68年の戊辰(ぼしん)戦争では征討軍に加わり越後(えちご)、出羽(でわ)方面に出兵した。

小林 茂]

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デジタル大辞泉プラス 「三日月藩」の解説

三日月藩

播磨国、三日月(現:兵庫県佐用郡佐用町)を本拠地とした外様の小藩織田信長小姓森蘭丸の弟、森忠政藩祖とする。

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