ノーワークノーペイの原則(読み)ノーワークノーペイのげんそく

改訂新版 世界大百科事典 の解説

ノーワーク・ノーペイの原則 (ノーワークノーペイのげんそく)

労働契約は,〈労務ニ服スルコト〉(労働提供)と〈報酬ヲ与フルコト〉(賃金支払)との双務契約である。労働提供債務は,労働時間・場所・職種職務によってその提供すべき労働の範囲を画される。この労働提供債務を契約で予定されたとおりに完全に履行すると,使用者はこれに具体的に対応する賃金支払債務を負う。労働提供債務が労働者の責任により履行されない場合は,これに対応する賃金支払債務を発生しない。これを〈ノーワーク・ノーペイno work no payの原則〉とよぶ。時間給の労働者がストライキを行うときは,労働不提供の時間に対応する賃金部分の債務が発生しない。使用者は,ストライキ時点の,あるいはこれに近い時点の賃金支払からこの労働不提供の賃金部分を控除して賃金の支払を行う。これを賃金カットとよぶ。

日本の賃金体系は,労働に具体的に対応して計算される賃金部分と,家族手当住宅手当などのように必ずしも労働に具体的に対応しない賃金部分から構成されている。従来は,この計算可能な部分を交換的部分とし,それ以外を保障的部分として区別する賃金二分説の考え方が支配的であった。これに従うと,保障的部分の賃金カットをなしえない。最近は,労働に対応しない賃金を認める賃金二分説を否定して,賃金はすべて労働に対応するが,賃金カットの対象としない賃金部分を労働契約で合意することは可能であり,家族手当などはこれにあたるとする考え方が有力になってきている。

欠勤,遅刻,早退に関する賃金カットの率がノーワーク・ノーペイの原則よりも有利に定められている場合がある。ストライキについてのみ原則のとおりに扱うことは一見不利にみえなくもない。しかし,個別的な労働提供義務違反たる欠勤などと集団的な労働提供義務の免除たるストライキとではその性質が異なる。したがって両者に異なる取扱いがなされるとしても不合理とはいえない。ストライキの不就労の賃金カットの率につき特別の定めがないと解される場合には,ノーワーク・ノーペイの原則に返ってカットされる。

これはノーワーク・ノーペイの原則の問題でないが,簡単に説明することにする。組合員一部分のみが参加する〈部分スト〉あるいは従業員の一部分だけを組織する組合が行う〈一部スト〉の場合,ストライキに不参加の組合員あるいは他組合員の賃金はどうなるか。使用者が不参加者の労働提供を受領し労働指揮拘束の下においたときは,たとえ現実の労働を行っていないとしても,使用者は賃金支払債務を負う。不参加者の労働提供を拒否するが,客観的には受領が可能であった場合は,使用者の責めに帰すべき労働受領拒否であり,使用者は賃金支払義務を負う。ピケットで就労を阻止されるなど客観的にも労働受領が不可能であった場合には,使用者の責めに帰すべからざる労働受領不能であり,債務者たる労働者が危険を負担し,賃金支払請求権をもたない。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報