タバコ関連疾患

内科学 第10版 「タバコ関連疾患」の解説

タバコ関連疾患(生活・社会・環境要因)

定義・概念
 喫煙と受動喫煙により発症リスクが上昇し,病状の進行が促進される,癌,動脈硬化による心血管系疾患,慢性閉塞性肺疾患(COPD),糖尿病などの疾患群をタバコ関連疾患とよぶ.喫煙の本質はニコチン依存症であるが故に,喫煙者の7割が禁煙を希望しながら禁煙ができず,多くの先進国ではタバコ関連疾患による医療費の増大と死亡者数の増加が社会問題となっている. 2005年,日本循環器学会が中心となり,タバコ関連疾患にかかわりの深い医科,歯科の9学会が合同で禁煙ガイドラインを作成した.この禁煙ガイドラインで「喫煙は“喫煙病(依存症+喫煙関連疾患)”という全身疾患であり,喫煙者は“積極的禁煙治療を必要とする患者”」と定義されたことにより,翌2006年からニコチンパッチを用いた禁煙治療に医療保険の適用が開始されている.
原因・病因
 タバコはその製造過程で,ニコチンの吸収を高めるためのアンモニア防腐剤,保湿剤,溶媒,香料など約600種類の物質が添加される.その燃焼により発生するタバコ煙には約4000種類の化学物質が含まれており,約200種類の有害物質,64種類の発癌物質が含まれていることが,2004年に国際がん研究機関(IARC)から報告されている.具体的には,ニトロサミン類,アルデヒド類,多環芳香族炭化水素類,ダイオキシン類,NiやCdなどの重金属類,活性酸素種や一酸化炭素などである.IARCは,口腔,咽頭,喉頭,鼻腔,肺,食道,胃,肝臓,膵臓,腎盂,腎臓,膀胱,子宮,骨髄性白血病の発癌性が上昇すると評価している.さらに,アメリカ環境保護庁は,タバコ葉は水洗いせずに製品となるため,土壌や肥料に由来する放射性物質(鉛210,ポロニウム210)が含まれていることを公表している.
喫煙率・タバコ関連疾患死亡数
 わが国のタバコ関連疾患による超過死亡は,2000年で年間11万4000人,2007年で年間12万9000人と増加傾向である.国立がん研究センターによる日本人14万人のコホート研究でも,喫煙による発癌のリスクは,男性で肺癌4.5倍,食道癌3.7倍,胃癌1.7倍,大腸癌1.4倍,膀胱癌1.46倍,膵臓癌1.80倍,胆道癌1.05倍であることが報告されている(津金,2009).
 喫煙によるCOPDは増加傾向が顕著で,臨床的にも医療経済上も問題となっており,2020年には全世界の死亡原因の第3位になると推定されている.また,喫煙はノルアドレナリンなどの血管収縮物質の増加,血液凝固系の促進,HDLコレステロールの減少などの脂質異常などによって動脈硬化を促進し,全身のあらゆる血管を障害する.さらに,喫煙によってカテコールアミンが上昇し,高血糖や高インスリン血症が引き起こされ,インスリン抵抗性をまねくことによって糖尿病やメタボリック症候群の原因ともなる.特に,糖尿病については,メタ解析により1.44倍にリスクが上昇することが報告されている.その他,不整脈,突然死,妊婦や胎児への影響,小児期の中耳炎,歯周病の原因となるばかりでなく,うつ病Alzheimer病などの精神神経疾患もそのリスクが上昇することもわかってきた.
 国民健康栄養調査による2010年の喫煙率は,男性が32.2%,女性が8.4%で毎年漸減している.しかし,男性では30歳代と40歳代の喫煙率が約42%と高いこと,女性では20歳代と30歳代の喫煙率が上昇傾向であることから,タバコ関連疾患は当分減らないことが懸念されている.
 まさに,日本医師会発行の「医師とたばこ」第1章,「ほとんどの医師にとって,タバコは,日常診療を通じて遭遇する疾病の原因のうち,最大の予防可能なものである」と記載されているとおりである(http://www.med.or.jp/nosmoke/tabako.pdf).
受動喫煙の健康障害
 自らの意志とは関係なく,環境中のタバコ煙(副流煙と喫煙者が吐き出した吐出煙の混合物)を吸引させられることを受動喫煙という.副流煙は600℃ 前後の低い温度でくすぶるように燃焼するタバコから発生するため有害物質が熱分解されず,単位重量当たりの有害物質の含有量は本人が吸い込む主流煙よりも数倍~数十倍も高い値となる.そのため,「受動喫煙の方が能動喫煙(喫煙者本人)よりも有害である」と誤解される場合も多いが,「大量の主流煙を吸引し,かつ,タバコ煙が漂う室内に長く滞在する喫煙者の方が多大な影響を受ける.一方,同じ有害物質を含む受動喫煙に曝される非喫煙者にもタバコ関連疾患の発生リスクが上昇する」という説明が妥当である. 職場や家庭における長期間の受動喫煙による肺癌リスクの上昇は1.24倍,心筋梗塞では1.25倍であることがメタ解析によって示されている.2010年,これら2疾患によるわが国の早死は年間6800人であることが国立がん研究センターから報告されている. 飲食店や居酒屋などのサービス産業も含めて全面禁煙とする受動喫煙防止法がアイルランド(2004年)やイングランド(2006年)などで施行され,メタ解析によりそれらの国々ではその直後から心筋梗塞が17 %抑制されたことが報告されている.つまり,受動喫煙が解消されることによりタバコ関連疾患が減少するという,逆の形で証明されたことになる.
臨床症状・診断
 タバコ関連疾患の原因であるニコチン依存症について解説する.肺で吸収されたニコチンは血液脳関門を通過し,数秒後には中脳のニコチン受容体に結合し,ドパミンをはじめとした種々の神経伝達物質が放出され,覚醒効果や多幸感を得る.つまり,脳内報酬系の神経回路を刺激することで,欲求,耐性,離脱症状を生じるという点ではアルコールや覚醒剤などの依存性物質と同じである.
 ニコチンはおもに肝臓でコチニンに代謝され尿中に排泄される.半減期は約30〜60分と短いため,依存症の状態に陥ると,血中濃度が下がる際の離脱症状から逃れるために頻繁に喫煙する状態となる.
 2006年,「ニコチン依存症管理料」が新設された際に,禁煙治療の手順と方法を具体的に解説した禁煙治療標準手順書が作成された(現在,2012年に改訂された第5版が日本循環器学会HPより入手可能).この手順書では,WHOの「国際疾病分類第10版」やアメリカ精神医学会の「精神疾患の分類と診断の手引き」に準拠して,精神医学的な見地からニコチン依存症を診断することを目的としたスクリーニングテスト(Tobacco Dependence Screener:TDS)が用いられており(表16-1-3),各設問1点で5点以上をニコチン依存症としている.設問の内容がすなわちニコチン依存症の臨床症状である.
禁煙治療
 アメリカ合衆国保健社会福祉省は,日常の外来・健診で短時間に実施できる禁煙治療として「5Aアプローチ」という指導手順を紹介している(表16-1-4).
 近年,問題のある行動を改善し,それを維持させることは一連のプロセスであるとする行動変容の考え方が普及してきた.たとえば,喫煙から禁煙に向かう行動変容の過程は,表16-1-5に示すステージがあり,医療者は喫煙している患者の立場を理解し,そのステージを上げるための対応が求められる.
 薬物治療は,ニコチンを含むガムやパッチにより口腔粘膜や皮膚からニコチンを補充することで離脱症状を緩和するニコチン代替療法が開発され,2001年にはガムがOTC化,2006年にはパッチが保険適用となり,2008年にはニコチン含有量の少ないパッチがOTC化された.薬剤師の指導でOTC薬を用いても禁煙できない場合には,禁煙外来を受診するとよい.また,2008年からは脳内のニコチン受容体を遮断し,かつ,部分的に刺激する内服薬(バレニクリン)が保険適用に追加され,また,外来時から処方を開始すれば入院中も医療保険の適用が受けられるようになった.
 ただし,医療保険を適用して薬剤を用いた禁煙治療を行うためには,患者側の要件として,①直ちに禁煙しようと考えている準備期であること,②TDSが5点以上でニコチン依存症と診断されること,③Brinkman指数(喫煙本数×年数)が200以上であること,④禁煙治療を受けることを文書により同意していることが必要である.また,医療施設側にも,①敷地内が全面禁煙であること,②呼気中一酸化炭素濃度の測定器を備えていることなどの基準を満たすことが求められており,医療機関の敷地内禁煙化が急速に進むきっかけとなっている. 2005年2月27日に発効した「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」では,価格・課税,広告禁止,受動喫煙防止法,禁煙治療の普及などの総合的な喫煙対策でタバコの消費を抑制することを全世界に求めている.まず,すべての医療者が禁煙治療の内容を理解し,タバコ関連疾患の蔓延を防がねばならない.[大和 浩]
■文献
禁煙ガイドライン.Circ J, 69, Suppl Ⅳ, 1005, 2005.
日本呼吸器学会:禁煙治療マニュアル,pp1-99, メディカルレビュー社,東京,2009.津金昌一郎:喫煙習慣とがん—日本人のエビデンス, 診断と治療,97,1333-1339,2009.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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