旺文社世界史事典 三訂版 「カラ−ハン朝」の解説
カラ−ハン朝
カラ−ハンちょう
Karakhan
999年イリク=ハンのとき,サーマーン朝を倒して東西トルキスタンをあわせ,そのイスラーム化を促進した。1047年パミールを境に東西に分裂。東国は1132年に西遼(カラ−キタイ)の,西国は1212年にホラズムの支配を受けるに至った。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
外国人や外国の思想・文物・生活様式などを嫌ってしりぞけようとする考え方や立場。[類語]排他的・閉鎖的・人種主義・レイシズム・自己中・排斥・不寛容・村八分・擯斥ひんせき・疎外・爪弾き・指弾・排撃・仲間外...
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