イヌ(読み)いぬ(英語表記)dog

翻訳|dog

日本大百科全書(ニッポニカ) 「イヌ」の意味・わかりやすい解説

イヌ
いぬ / 犬
dog
[学] Canis familiaris

哺乳(ほにゅう)綱食肉目イヌ科に属する動物。人間にもっとも早く飼いならされ、家畜にされた種である。イヌ科の動物は、分類学者のコーベットG. B. Corbetらによれば10属35種を数え、オーストラリア区を除く全世界に分布する。オーストラリアにはディンゴが生息するが、これは土着の野生種ではなく、人の移住について南アジア方面から入ったイヌが野生化したものと考えられている。

 系統学的にみると、イヌ科動物の特徴は次のようなものである。体形は長距離を徘徊(はいかい)するのに適して一般に四肢は長く、リカオンを除き前肢に5指、後肢に4趾(し)(足指)を有する。指趾には鉤(かぎ)づめがあるが、ネコのように引っ込められず、指行性である。吻(ふん)はとがり、歯は犬歯の発達がよく、第4臼歯(きゅうし)と第1臼歯からなる裂歯もよく発達する。消化器は食性により差があるが、肉食性の強いオオカミでは短く、体長の3倍である。小さな盲腸を有し、また陰茎骨がある。生態面では、一般に夜行性で、つがいか家族単位の群れで生活する種類が多いが、単独生活者もいる。群れをなして中形のシカ、レイヨウ類を襲ったりするものもいるが、小動物、昆虫などを捕食するものも多く、かなりの種類が季節によっては植物質のものを食べる。感覚では嗅覚(きゅうかく)と聴覚が鋭い。これら野生イヌ類は、種類によっては1、2年で性成熟し、寿命は10~15年である。

 種としてのイヌはイヌ属に属し、オオカミに似た形質を残してはいるが、家畜化の途上で人為淘汰(とうた)を受け、さまざまな品種が産み出され、形態に著しい差異がある。そのなかでイヌ科動物として共通な特徴をあげると、次のようである。

[増井光子]

形態

獣猟犬、テリア類のなかに短脚のものもいるが、一般に四肢は長く、獲物の追跡に適する。後肢にはときに1、2本のオオカミづめ(5本趾(し)の遺伝的産物として、ときに現れる不要な過剰趾)を生ずることがある。このつめは犬種によっては発現しやすく、紀州犬には多い。これは一般に生後まもなく切除するが、ピレニアンマウンテンドッグでは犬種の特徴となっている。歯牙(しが)もよく発達し、総数42本であるが、第1前臼歯(ぜんきゅうし)、門歯などに欠歯を生ずるものがある。欠歯は退化現象の一つで、どの犬種でも厳しくチェックされる。裂歯の発達もよいが、普通、オオカミには及ばない。吻(ふん)は犬種により著しい短縮を示すものもあるが、普通はほどよい長さがあり、頭骨のプロフィールでは前頭骨から鼻骨にかけてへこんでいて、明瞭(めいりょう)なストップ(へこみ)を有する。瞳孔(どうこう)は丸い。消化管は雑食傾向が強いため体長の5倍あり、オオカミの3倍に比べるとずっと長い。また足裏と指間以外は汗腺(かんせん)の発達が悪く、体温調節は、あえいで口中から水分を蒸散させて行う。しかし、皮脂腺の発達は良好で、肛門(こうもん)腺の発達もよい。肛門腺の分泌物のにおいは固有の体臭であり、道で出会ったイヌは互いに臀(しり)のあたりのにおいをかぎ合って、相手を確認する。

 イヌの形質のなかにはオオカミと共通するものがみられる。オオカミと共存する地域における足跡などのフィールド・サインの相違点は、イヌの指では中央の2本がオオカミに比べると短く、オオカミの足跡がやや細長いのに比べると円形に近いことであるといわれるが、なかにはきわめてオオカミに類似した足のあるものもあり、アメリカのナチュラリストであるシートンは正確に区別するのはたいへんむずかしいとしている。毛色は品種によりさまざまで変化に富む。鼻梁(びりょう)、前胸部、四肢の先端、尾端に白斑(はくはん)が生じやすい。耳介には立ち耳と垂れ耳があり、尾は巻き尾とそうでないものがある。

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感覚

イヌの感覚のなかでは嗅覚(きゅうかく)がもっとも発達している。嗅覚は生後7日目ぐらいから働き始める。嗅覚の鋭さの判定は容易ではないが、塩酸や乳酸に対しては100万分の1の濃度でもかぎつけるといわれる。またスライドガラスについた人の指跡も、もしそのガラスが室内に置かれていれば、6週間後でもかぎ当てることができる。また別の報告では、バターに含有されるカプロイン酸に対しては6×10-18、香水中にあるイオノンに対しては5.1×10-17の閾値(いきち)を有するという。聴覚も鋭く、シェパードでは音量が同じなら人間の4倍も遠くから聞きつけるともいわれ、6万~12万ヘルツの高音も聞き取れる。視覚は一般にマイナス2~3D(ジオプトリー)の弱度の近視といわれている。しかしグレーハウンドは逆にプラス0.5~1.5Dの遠視といわれ、遠くにいる獲物を視覚で識別するドッグレース用のイヌのなかにはプラス3Dの遠視のものもいるという。飼い主と他人との区別は100メートルほどでできなくなるようである。しかし動くものに対してはずっと敏感で、人か他のものかの区別は八百数十メートルぐらいまで可能とされる。色覚については一般に色盲とされるが、明暗視では明色と暗色のコントラストは人間並みに区別可能である。両眼球軸角は犬種によって異なるが、一般には92.5度である。

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祖先と歴史

イヌの祖先

イヌ科の野生種10属35種のうち、イヌに近い形質を有するものは、イヌ属に属するオオカミ、コヨーテ、ジャッカル類で、これらにはイヌと同じく2n=78の染色体がある。このため、これら3種の野生種とイヌとは、子をつくる能力(妊性)のある雑種を産み出す。従来はイヌの祖先としてオオカミやジャッカルの多源説がとられていたが、その後イヌのさまざまな形質を調べあげていくと、ジャッカルよりオオカミにより類似している点が多いとして、オオカミ単源説が有力になってきた。しかし学者のなかには、祖先をオオカミだと断言するにはなお問題点が多いとし、オーストラリアのディンゴや南アジアに半野生状態で生息するパリア犬に近いが、すでに絶滅した種ではないかとする意見もある。しかし、イヌはいったん家畜化されて以来、人の移住に伴って世界中に拡散していき、その土地土地でオオカミなどの血を混じつつ、多くの品種を生じていったものと考えられる。最近は分類学の方面にも生化学的研究方法が取り入れられ、タンパク質の組成や赤血球膜の糖脂質類の分析から、イヌの系統や拡散状態を調べようとする研究が行われている。

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家畜化の歴史

イヌはあらゆる畜産種のうち、もっとも古い家畜化の歴史を有する動物である。従来は紀元前9500年ぐらいから人に飼われていたといわれていたが、最近の遺跡の発掘から、その年代はさらにさかのぼっている。1974年(昭和49)に東京大学西アジア調査団は、シリア砂漠の北方にあるドゥアラ洞穴の発掘を行ったが、このときイヌ科の動物の骨をみつけた。シリア地方にはシリアオオカミとジャッカルが生息しているが、出土した骨はいずれの野生種とも異なり、家畜化されたイヌに近いものであった。この洞穴には、5万年前から10万年前の一時期、石器時代の人々が住んでいたので、これからみるとイヌの家畜化の歴史はずっと古くなる。

 ではどのような経過でイヌは人と暮らすようになったのだろうか。イヌの祖先たちは、現在の野犬にもみられるように、人の住居近くに出没し、残り物をあさっていたと考えられる。彼らは未知のものに対し警戒心が強く、排斥しようとしたり、警戒したりしてほえ立て、これが人間にも有利に働いたと思われる。現在でもある地域では、居住地の汚物の処理にハゲワシ、ハイエナ、ジャッカルなどのいわゆる掃除屋が働いて、それなりの評価を受けている。石器時代の人々もまた、周りに小動物が徘徊(はいかい)しても、とくに追い払おうとしなかったと思われる。しだいに双方は接近し、順化されたものも生じて家犬への道へ進んでいったものであろう。

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生態

イヌの社会

オオカミの群れの研究については多くの報告がみられる。オオカミ社会はつがいを基盤とする家族群で、普通最強の雄が群れを率いる。イヌの生態についてはどうだろうか。オーストラリアの野生犬ディンゴの研究では、単独で行動している個体がもっとも多く、73%を占める。つがいが16.2%でこれに次ぎ、3頭の群れは5.1%、4頭は2.8%であったという。単独生活者はときに集まってルーズな群れをつくったりもする。彼らは遠ぼえをしたり、ほえたりして互いに連絡し、ほえ声は繁殖周期と関連して多くなる。調査されたディンゴは、獲物としてウサギなどを狩り、腐肉なども利用していた。またアメリカのメリーランド州でのイヌの研究でも、2頭連れでの行動が割に多かったが、50.6%は単独で行動しており、5頭の群れはわずか1.9%であった。さらにイリノイ州での野犬の研究では、群れの成員は2~5頭で、約30平方キロメートルほどの行動圏(ホームレンジ)を有し、死肉、生ごみ、小動物など入手できるものはなんでも利用し、ほかの群れに対しては排他的で、行動圏から追い払うのがみられた。群れにはリーダー的行動をとるものもいたが、成員間の順位争いといったものは、あまり明瞭(めいりょう)でなかった。さらにまた、ミズーリ州セントルイスでの雄2頭、雌1頭からなる野犬の調査では、自分の行動圏内での群れは、50回の観察例のうち37回は雌にリードされていた。しかし、何かを追跡するというようなときは、29回の観察例のうち、雌が13回、雄の1頭が15回、仲間をリードしていた(1回は不明)。また、この雄は、知らない個体のマーキング(印づけ)に対し、回数多く上塗りのマーキングを行っている。

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コミュニケーション

では、これら仲間の間でのコミュニケーションはどんな方法によるのであろう。イヌたちは音声のほかに、耳や尾の動き、体の動きなどを用いて感情を表す。感情の表出は同じメンバー間ではよく理解され、大きな闘争に至ることは少ない。イヌの行動のうち顕著なものは、あちこちに尿をかけることである。この尿によるマーキングは、雌より雄のほうが多く行う。また、自分の行動圏内にある未知のものに対し、何度も繰り返し尿をかけることがある。変わったにおいのするものに体をこすりつけることもある。尿によるマーキングは、異性に対してはアピールの役目を果たし、同性に対してはときに排他的になることもある。また、かぎなれないにおいに対し、自己のにおいを上塗りすることで、それをなじみのあるにおいに変化させる効果もある。変わったにおいを体につけることも、体臭と混ぜ合わせていぶかしい感じを和らげようとする行為だとみる学者もいる。

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イヌの系統

現生するイヌは、畜産文化研究家である加茂儀一の区分けに従いその祖先をたどれば、おおむね次の7系統に分類される。

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パリア犬型

C. f. poutiatini もっとも古い型のイヌで、旧石器時代後期の遺跡から出土している。パリア犬は現在でも南アジアの村落に半野生状態で生活しており、ディンゴに似て野生犬の形質を多く保持している。体格は中ぐらいで変化に富み、立ち耳のものや、垂れ耳のものがいる。グレーハウンドや猟犬の祖先ともみなされている。日本の柴犬(しばいぬ)もこの系統と関連があると思われる。

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テリア型

C. f. palustris 紀元前2800年ごろのスイスの新石器時代層から初めて出土した。しかし北ヨーロッパでは前8000年ごろの地層から発見されているし、西アジアやエジプトでも新石器時代の遺跡から発掘されている。パリア犬の流れをくむものとみなされている。ポメラニアン、テリア類、そり犬などがこれに属する。

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牧羊犬型

C. f. martis-optimae 青銅器文化が東方からヨーロッパに進出したときに、伴われていったものとみられている。またこのころ興った牧羊業と密接な関連がある。その順化の発祥地としてはイランが想定されている。コリー、シェパードなど各種の牧羊犬がこれに属する。

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グレーハウンド型

C. f. leineri 古くは前5000年の古代エジプトの遺跡から出土している。古代メソポタミア、インダス文明時代にもこのタイプのイヌが存在した。各種のハウンド類がこれに属する。

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ブルドッグ型

C. f. inostranzewi チベットあたりが発祥地とみられ、前1050年、中国の周の時代に皇帝への贈り物にされている。前9000年の中石器時代にデンマークからも発見されている。パリア犬型のイヌに北方オオカミの血を混じたものとみられている。極地犬、ピレニアンマウンテンドッグ、オフチャルカ、オールドイングリッシュシープドッグなどがこれに属する。

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猟犬型

C. f. inter-medius オーストリアの青銅器時代層から出土。前2000年ごろパリア犬型のものからグレーハウンド型のものを生じ、さらに猟犬タイプに移行したとみられる。スパニエル類、ポインター、ブラッドハウンドディアハウンド、ブラッケなどがある。

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新大陸のイヌ

新大陸には人の移住に伴い、パリア犬型、テリア型のもの、ブルドッグ型のもの、大形のテリア型のものなど四つの系統が認められている。

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日本犬

以上7系統のほかに、わが国には日本犬の系統がある。日本ではイヌの骨は縄文時代の遺跡から出土している。当時わが国にはニホンオオカミやエゾオオカミが存在したが、日本のイヌはオオカミを順化したものでなく、大陸からの人の移住のときに、ともに渡来したものとみなされている。

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繁殖と寿命

オオカミは性成熟に達するのに2年はかかり、繁殖は早春から初夏にかけてなされる。しかしイヌの性成熟はずっと早い。早熟なものでは生後4か月で発情が認められるが、大方のものは8~10か月で性成熟に達する。繁殖は周年認められるが、春と秋にやや多い。雌が雄を許容するのは、出血が始まって10日目ごろからである。それまでは雌はあたりを徘徊(はいかい)し、普段より排尿回数が増え、何頭もの雄に追従される。交尾はかならずしも特定の雄とだけ行われるものではないが、雌によっては厳しく雄を選定し、他を許容しないものがいる。妊娠期間は約2か月、1産1~6子が多い。小形犬では1胎子数は少なく、大形犬では7~8頭を産むこともまれではない。もっとも多くの子を産んだのは、フォックスハウンドのレナ号で、23頭である(1944)。また、セントバーナードのケアレス・アン号も23頭の子を産み、うち14頭が生き残ったという記録がある(1975)。子イヌは初め閉眼しており、耳孔もふさがっているが、2週目ごろから目が開きだす。乳歯は3~4週目ごろから生え始め、1か月を過ぎるとしだいに固形食を食べ始める。オオカミでは雄親が餌(えさ)を巣に運ぶが、イヌでは認められない。しかし雌親には、子の前に半消化状の餌を吐き出して与えるものがある。

 一方、イヌの寿命は普通12歳か13歳ぐらいであり、平均寿命は8~9歳ぐらいである。激しい使役に従事するものや闘犬では寿命は比較的短いが、室内でだいじにされている小形犬には比較的長生きのものが多い。正確な長寿記録では、オーストリアのイヌで、1910年から39年まで29年5か月生きた例がある。

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用途

その長い家畜化の歴史のなかで、イヌは広い分野にわたって人間の生活の手助けをしてきた。生来の警戒心の強さから、たいていのイヌは見知らぬものの侵入に対しほえ立てて、番犬の役目を果たすものであるが、この警備面での能力を引き出し、改良していったのが、警察犬、軍用犬、警備犬などである。また、その鋭い嗅覚(きゅうかく)を利用して、獲物を狩り出したり、犯罪の摘発にも活躍している。

 警察犬は日本では1937年(昭和12)に誕生したが、ドイツシェパード犬、エアデールテリア、ボクサー、ドーベルマン、コリー、ゴールデンレトリバーラブラドルレトリバーの7犬種が認定され、活躍している。比率はシェパードが多い。犯人追跡とか物品鑑別といった作業のほかに、最近は麻薬探知犬として麻薬の発見にも用いられている。

 軍用犬は第一次、第二次世界大戦に盛んに用いられたが、その歴史は古く、前490年ごろ古代ギリシア時代にすでにイヌが戦争に登場してくる。近代戦争に用いられた犬種はシェパード、エアデールテリア、ジャイアントシュナウザー、ドーベルマンなどが多かった。これらは伝令、偵察、歩哨(ほしょう)などで活躍した。

 猟犬は銃器の発達とともに多くのものが作出された。なかには平原で視覚をもとにして獲物を発見し追跡するグレーハウンドのようなタイプもあるが、多くは嗅覚を利用して、茂みに潜む獲物を狩り出すものである。有名犬種にはセッター、ポインター、ビーグルなどがある。

 交通機関の十分発達していない時代や、厳しい環境下では、イヌの労力も大いに利用された。そり犬や荷を引く駄用のイヌがそれである。極寒の地では犬ぞりは重要な交通機関の一つであり、サモエド、ハスキー、アラスカンマラミュートなどが代表犬種である。日本でも樺太(からふと)(サハリン)、北海道では大形の通称カラフト犬がそり犬として用いられていた。そり犬はゆっくりとなら自分と同重量の荷を引くことができる。かなりのスピードが要求される場合は、体重の半分の重量を引かせるのが普通とされている。イヌの牽引(けんいん)力は相当強く、『ギネスブック』には2721キログラムの鉛塊を引いたセントバーナードの例がある(1974)。またアラスカで行われた犬ぞりレースでは、1680キロメートルの距離を14日14時間43分で走った記録もある(1975)。ヨーロッパの一部ではイヌに荷車を引かせることもかつては盛んで、とくにベルギーあたりでよくみかけられた。

 ヨーロッパでは牧畜は青銅器時代に始められた。飼養する家畜をオオカミやその他の肉食動物から守るために、各種の牧羊犬が作出された。牧羊犬のなかには、散らばるヒツジの群れを巧みにまとめて誘導するタイプのものや、もっと大形で、家畜群の見張りをし、外敵を防ぐタイプのものがある。コリー、ボーダーコリーなどは前者に属し、グレートピレニーズなどは後者のたぐいである。

 山岳での遭難や水難に際して、大形犬が救助犬として用いられた。ニューファウンドランドは、セントバーナードに匹敵する黒色の大形犬であるが、水難救助犬として名高い。またセントバーナードが、スイスのアルプス山中にある聖バーナード寺院に飼われ、山越えして旅する人々の遭難救助にあたったイヌであることはよく知られている。

 目の不自由な人々のための道案内役として盲導犬がある。性質温和で怜悧(れいり)な犬種が選ばれる。日本ではまだ歴史が新しく、普及事業に苦労も多いが、しだいに社会的に認められてきつつある。犬種はシェパード、ラブラドルレトリバーなどが多いが、ほかにエアデールテリア、ボクサー、スタンダードプードルなども用いられる。盲導犬のほかに、最近は耳の不自由な人のために、聴導犬の訓練も各国で注目を集めだしている。

 イヌを飼育していると、別に仕事をしてくれなくても、いっしょにいるだけで楽しい。イヌの愛らしさを強調し、体形も小形化して室内でも飼育できるようにしたのが愛玩犬(あいがんけん)である。長毛種のシーズーや、マルチーズ、ポメラニアン、ヨークシャーテリアなどは、たいへん人気があるし、短毛種でも動作のきびきびしたミニチュアピンシャーは昭和40年代には流行犬となった。

 動物を使っての競技にも人々の関心は集まる。競馬もそうであるが、欧米ではドッグレースが盛んである。レースに用いられる犬種は長脚の快速犬で、グレーハウンドかホイペットである。日本ではドッグレースは認められていないので、グレーハウンドはめったにみかけられない。イヌどうし、もしくはイヌと他の大形獣を戦わせて楽しむ闘犬の歴史もずいぶん古い。大形犬のマスチフは古代ローマ時代から闘犬として用いられ、牡牛(おうし)やクマ、ライオンとさえ戦わされた歴史がある。日本の土佐闘犬は、土着の四国犬にマスチフやブルドッグ、ポインターなどを交配し、闘犬用に作出された犬種である。闘犬は現在ではほとんどの国々で禁止されているが、日本では土佐闘犬の闘技は認められている。定められた柵(さく)内で時間を決めて(30分)闘技が行われ、10項目に及ぶ細かい判定基準があり、勝敗を競う。

 このようにイヌは昔から多方面にわたり人の生活に役だってきた。一方、最近は機械化が進み、かなりの地方まで交通網が開けてきた。極地に住むエスキモーの社会にまでスノーモビルが普及し始めている。また牧畜作業にしても、平原を車で疾走して畜群を誘導することが可能であるし、各地で自然破壊が進み、かつては獲物とされた動物が保護される立場になったことにより、猟犬も用を失うことが多い。嗅覚を利用する面ではなおイヌの能力に頼ることが多いが、かつてのイヌの職域はかなり縮小されてしまった。能力があっても磨かなければやがては衰える。目的を失った犬種は、別の方面に活路をみつけなければやがて飼育頭数が減じ、消滅するものも出てこよう。しかし、これは畜用種であれば仕方ないことかもしれない。

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おもな犬種

世界各地にはそれぞれ土着の犬種があるが、それは世界的に認められたものではない。犬界には、欧米に紹介され国際的に認められ、相当数の愛好者を有し、ドッグショーにもしばしば出陳されない限り、世界的な犬種として通用しない風習がある。各国にはそれぞれ犬種団体があり、血統登録事務やショーの開催を行い、犬種標準を定め、犬種の純血度の維持、改良普及に尽力している。なかでも国際的に有名なのは、イギリスのケネル・クラブ(KC)と、アメリカのケネル・クラブ(AKC)である。犬種団体は国に一つの場合もあるが、複数の場合もあり、公認する犬種に差があることがある。たとえばアメリカには、アメリカン・ケネル・クラブ(AKC)と、ユナイテッド・ケネル・クラブ(UKC)の二大クラブがある。日本ではAKC(1884年創立)のほうがよく知られているが、UKCも歴史は古く、1898年に創立され、AKCが公認していない犬種であるピットブルテリア、イングリッシュシェパード、ブルーチックハウンド、プロットハウンドなどを公認している。

 日本の犬界は、ドイツシェパードやボクサー、グレートデンなどではドイツ犬界の影響が大きいが、その他のものでは主としてイギリス、アメリカに影響されるところが大きい。日本の犬種団体の一つ、ジャパン・ケネル・クラブ(JKC)は現在10種の日本産犬種と170種の犬種、計180種を公認している。この日本産犬種のなかで世界公認犬となっているのはチンのみであり、秋田犬がAKCで公認されている。また、日本スピッツがイギリスのドッグショーに登場したり、柴犬(しばいぬ)がアメリカのカリフォルニア州で開かれたショーに初出場して注目を集めたりして、しだいに他犬種も認められつつある。柴犬は北ヨーロッパにも輸出され、訓練試験でも性能の高いことが証明された。

 現在世界的なAKCが公認している犬種は150種以上に上っているが、これはまだ増える可能性がある。イヌの品種は各地の土着犬も含めると数百種に達すると思われる。最近、日本へも珍しい犬種として、中国原産のチャイニーズシャーペイ、フランス原産のローシェン、チベット原産のチベッタンテリア、スペイン原産のガルゴなどが輸入されている。

 登録された犬種は、用途別に大きくグループに分けられる。AKCでは、猟犬、獣猟犬、使役犬、愛玩犬、テリア、非猟犬の6グループに分けていたが、1983年からは使役犬グループを分けて、牧羊牧畜犬グループを設け7グループとすることになった。次に各グループのおもな犬種について、簡単に説明する。

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猟犬グループ

sporting dogs 猟犬は主として鳥猟に用いられる犬種で、獲物を回収運搬する役のレトリバー種もここに含まれる。鳥猟犬としてはポインター、セッターが双璧(そうへき)で、愛好者も多い。イングリッシュポインターはイギリス原産。体高61~69センチメートル。白地に黒やレバー色の斑点(はんてん)がある。イングリッシュセッターも原産はイギリス。体高58~65センチメートル。絹のような長毛で、白地に黒やレモン色の斑、もしくは更紗(さらさ)模様が多い。アイリッシュセッターは全身栗(くり)色の美しい犬種で、アイルランドの産。体高55~65センチメートル。小柄なスパニエル種は短めの四肢をしていて、体のわりには重量感がある。家庭犬としても愛好者が多い。アメリカ原産のアメリカンコッカースパニエルはスパニエルの代表的犬種で、体高約33~40センチメートル、長毛で毛色は黒、バフ、斑など多様。断尾する。イングリッシュコッカースパニエルは原産地イギリス。体高38~42センチメートル。毛色はローン、黒、斑など。ラブラドルレトリバーの原産はイギリス。体高54~62センチメートル。毛色は黒、黄、クリームなど。日本では鳥猟犬としてよりも盲導犬として知られている。ワイマラナーは原産地ドイツ。体高57~70センチメートル。独特の灰褐色を呈し、断尾する。獣猟にも用いられる。

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獣猟犬グループ

hounds 獣猟犬は各種の獣猟に用いられる犬種である。アフガンハウンドは最近たいへん人気のある犬種で、原産地アフガニスタン。体高60.5~71.5センチメートル。毛色はフォーン、黒、クリームなどで長毛。ビーグルは小形で愛らしく家庭犬として人気が出てきた。医学や生理学などの実験用にも用いられている。体高30~38センチメートル。原産はイギリス。本来はウサギ狩りの猟犬。ダックスフントの原産はドイツ。長胴短脚のユーモラスな犬種。体高20~27センチメートル。アナグマ猟犬であるが、家庭犬としても愛好者が多い。ボルゾイは原産地ロシア。グレーハウンド型の美しい巻き毛がある。体高68~78センチメートル。オオカミ猟に用いられていた。毛色は斑(はん)、ビスケット色、ブリンドルなど。グレーハウンドは家イヌとしてもっとも古い起源を有し、エジプト原産。ドッグレース犬としては快足を誇っている。体高65~72センチメートル。毛色はブリンドル、フォーン、斑で短毛。

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使役犬グループ

working dogs 使役犬は警察犬、そり犬、盲導犬、遭難救助犬など、作業に従事する犬種で、中形から大形のものが多い。ボクサーは原産地ドイツ。体高54~64センチメートル。断耳、断尾する。警察犬に用いられるほか家庭犬としても愛好者が多い。毛色はフォーン、虎(とら)毛など。ドーベルマンも原産地ドイツ。体高61~71センチメートル。短毛でスマートな犬種。断耳、断尾する。毛色はチョコレート、ブラックエンドタン。グレートデンは最大犬種の一つである大形犬。ドイツおよびデンマーク原産。体高は雌で70センチメートル、雄で76センチメートル以上。短毛で筋肉質、断耳、断尾する。毛色はフォーン、黒、ハルクイン、ブルー、虎毛。シロクマのようなピレニアンマウンテンドッグは原産地ピレネー(フランス・スペイン国境地方)。体高65~82センチメートル。山岳地方の牧羊犬で、毛色は白。マスチフも最大犬種の一つで、体高は雄で75センチメートル以上。かつては闘犬、護身犬として飼育されていた。短毛でフォーン、虎毛など。セントバーナードは原産地スイス。短毛と長毛がある。山岳救助犬としてよく知られている。体高は雌で65センチメートル、雄で70センチメートル以上。大きいほどよいとされる。毛色は濃い赤と白、トライカラーなど。

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牧羊牧畜犬グループ

herding dogs コリーは牧羊犬の代表種であり、原産地イギリス。短毛と長毛がある。体高56~66センチメートル。毛色はセーブル、トライカラー、ブルーマール、白。シェパード犬は原産地ドイツ。万能作業犬で、警察犬、盲導犬としても活躍する。体高55~63センチメートル。毛色は黒、ウルフ、ブラックエンドタンなど。シェトランドシープドッグはコリーを小形にしたような犬種で、家庭犬としてたいへん人気がある。長毛で、体高33~41センチメートル。原産はイギリスのシェトランド諸島。オールドイングリッシュシープドッグは原産地イギリス。全身むく毛の大形犬。体高56センチメートル以上。毛色はグレー、グリズル、ブルーマールの単色と白斑(はん)および白とブルーマール斑。ベアデッドコリーは近年人気の出てきた犬種。原産地イギリス。体高46~59センチメートル。むく毛で、硬い上毛を有する。口ひげ、ほおひげがある。毛色はフォーン、スレート色、グレーなど。

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テリアグループ

terriers 小形のものが多いが、なかには中形のものもいる。多くのものが獣猟に用いられてきた。いずれも気性が強く、陽気なテリア・キャラクターといわれる独特の気質を有する。エアデールテリアはテリアのなかで最大で、体高55~61センチメートル。警察犬、盲導犬、獣猟犬に用いられる。原産地イギリス。毛色は四肢と頭部が褐色で背が黒く、断尾する。トリミングが必要。スコッチテリアは小形で立ち耳の頑丈な感じの家庭犬。体高25~28センチメートル。毛色は黒、ブリンドル。トリミングが必要。フォックステリアにはワイヤーヘアードとスムースの2種があるが、前者のほうがファンが多い。体高39センチメートル以下。毛色は白地に黒とタンの斑(はん)がある。イギリス原産で、断尾しトリミングする。ベドリントンテリアもイギリス原産。子ヒツジのような感じの犬種で、トリミングが要る。体高38~44.5センチメートル。毛色はブルー、レバー色など。ミニチュアシュナウザーの原産地はドイツ。口ひげを生やした陽気な犬種。断耳と断尾、トリミングをする。毛色はペパーエンドソルト、黒など。

[増井光子]

愛玩犬グループ

toys 愛玩犬は室内で飼育される小形の犬種。チワワは最小の犬種で、体重わずかに0.4~2.7キログラムしかない。長毛と短毛がある。毛色は赤、黒、クリーム、ブラックエンドタンなど。原産地はメキシコ。マルチーズの原産地は地中海のマルタ島。体重3.7キログラム以下で、全身長毛に覆われた美しい犬種。ポメラニアンは原産地ドイツ。体高20~25センチメートル。長毛で立ち耳。毛色は赤、オレンジ、クリーム、セーブルなど。ヨークシャーテリアは原産地イギリス。長い絹のような被毛があり、立ち耳。断尾する。毛色はスチールブルーで、子犬のうちは黒っぽい。トイプードルの原産地は中部ヨーロッパ。体高28センチメートル以下。トリミングする。毛色は白、黒、シルバーなど。シーズーは原産地中国。近年人気がある。体高26.5センチメートル以下で長毛。毛色はいろいろで、尾先と頭部に白斑(はん)があるものが好まれる。

[増井光子]

非猟犬グループ

non sporting dogs 前述のグループに属さない一般家庭犬をいう。チャウチャウは中国原産の犬種で、体高50センチメートル。毛色は赤、ブルー、黒、クリームなど。ブルドッグは原産地イギリス。体重22.5~25キログラム。短毛で毛色はブリンドル、フォーン、斑(はん)など。ダルメシアンは原産地クロアチア。体高48~60センチメートル。短毛で、白地に黒かレバー色の丸い小斑がある。

[増井光子]

日本原産犬種

日本には昔から人とともに暮らしてきた在来種として、秋田犬、北海道犬、紀州犬、四国犬、甲斐犬(かいけん)、柴犬などがある。そのほかに日本で改良、作出された犬種として、チン、日本テリア、日本スピッツ、土佐闘犬がある。日本テリアは短毛のフォックステリアに似た犬種であるが、頭数は少ない。

[増井光子]

ドッグショー

前述のさまざまな犬種の作出、改良にドッグショーが果たした役割は大きい。多数の純血犬を一堂に集めて優劣を競うこの催しは、1859年にイギリスで開催されたのが最初である。品種改良のために体形の良化を目的とし、総合的な美しさに重点を置くベンチショーと、能力向上を目ざす各種作業犬のフィールドトライアルや訓練大会などがあるが、一般には前者をドッグショーとよぶ。また、全犬種が出場するもの、単犬種だけのもの、用途別に区分されたグループを対象とするグループ展などにショーのタイプが分けられるが、一般の人が見て楽しいのは全犬種展である。出場するイヌは、年齢、性別、既取得資格などによりクラス分けされ、勝ち抜き戦で席次を定めていく。最近は人気が高く終年開催されるが、普通は春、秋に多い。世界的に有名なのは、イギリスのクラフト展、アメリカのウェストミンスター展などである。

[増井光子]

飼育管理

飼い方の注意

イヌは植物質のものもよく食べるが、元来は肉食獣であるので、よい発育を期待するには、動物タンパクは欠かせない。飼料中のおもな成分の比率は、成犬では動物タンパク20~30%、脂肪10~20%程度であるが、発育期のものでは、動物タンパクは33~50%ぐらいを要する。とくに急速に成長する長脚の大形犬では、十分な動物タンパク、カルシウム、運動が必要である。最近は良質のドッグフードが各種市販されている。ドッグフードには、粒状の固形飼料から、ビスケット状のもの、肉片を生乾きにしたタイプのもの、缶詰とさまざまなものがある。味のほうも肉、鳥、チーズ、ミルクなど、イヌが好みそうなにおいと味つけがされている。また、間食用に、多分に人の視覚にあわせた骨片形のものや、チーズスティック形のものもある。ドッグフードは栄養学的に配慮されてはいるが、毎日同じ献立になるので、イヌが飽きやすい点もある。食事は、子イヌのうちは1日3、4回に分けて与え、成長につれて回数を減じ、成犬では1日2回とする。幼犬時代のほうが体のわりによく食べる。また、育児中の雌には普段より増量して与える。ドッグフードを用いない場合は、くず肉、魚のあら、もつなどを少量の野菜と煮て、ご飯、パン、うどんなどのデンプン質のものにかけて与える。以上のことは一般的な飼育法である。前出のようにグレートデンやセントバーナードなどのような大形犬は、大きいほどよいとされる犬種である。雄大な体格に育成するには、くる病など骨疾患にかかりやすいこともあり、くふうが必要である。こうした特殊な犬種の育成法については、犬種別の飼育書を参照することが望ましい。

 日常管理としては毎日の運動が必要である。イヌは元来、広域を徘徊(はいかい)して探索行動を好む動物であるので、一定場所に係留され続けると欲求不満に陥りやすい。運動は小形犬なら30分程度、中形犬で30~50分、大形犬には1時間~1時間半ぐらい、朝夕行う。これは食事前に済ませることで、帰ったあとはブラシで汚れをよく落とし、清潔な水を与える。ブラッシングも欠かせない。短毛種では布で汚れをふき取り、ブラシをかける。普通の犬種や長毛種ではブラッシングのほかに櫛(くし)で毛をすくことも必要である。とくに春の換毛期には多量の枝毛をみるので、すき取ることが必要である。被毛の手入れを怠ると、不潔になり皮膚病の原因にもなる。犬種によってトリミングが要るものもある。トリミングとは指先もしくは器具を用いて、特定部位の毛を抜き取ったり刈り取ったりして整えることである。トリミングする犬種はプードルやテリア類、コッカースパニエルなどである。これらの犬種は、もしトリミングしないで放置すれば、もじゃもじゃの感じになってしまう。1回トリミングすると、ほぼ1か月ぐらいはそのスタイルを保てる。トリミングは習熟すれば一般家庭でもできるが、専門のトリマーもいる。美容的なものとしては、毛の手入れのほかに断耳と断尾がある。ともにそのイヌのもつ姿態の特性をいかすためのものである。断尾の場合は生後1週間ほどのうちに実施し、出血もごく少ない。後肢にオオカミづめがあるものや、犬種によっては前肢の第1指をやはりこの時期に切除する。断耳のほうはずっと時期が遅く、4~5か月ごろの、外耳の成長が完了した時期に行う。断耳する犬種をしないでおくと、垂れ耳となる。この断耳はイヌに苦痛を与えるものとして、イギリスでは禁止されている。このため、イギリスから輸入されるボクサー、ドーベルマン、ミニチュアシュナウザー、グレートデンは垂れ耳のままである。

 イヌは環境適応性が強い動物であるが、多くの病気もある。とくに幼犬時代の伝染病であるジステンパーと成犬のイヌ糸状虫症(フィラリア)は、二大疾患といえよう。内部寄生虫症としては、回虫症、十二指腸虫症、鞭虫(べんちゅう)症、イヌ条虫症などが多い。ジステンパーにはよいワクチンがある。生後3か月ぐらいのころに接種を受けるとよい。伝染病にはジステンパーのほかに、伝染性肝炎、レプトスピラ症などがある。これらが混合されたワクチンもあり、ジステンパーの単独ワクチンよりは、こちらの接種のほうが望ましい。また近年はパルボウイルスによる新しい伝染性腸炎が発症して、愛犬家の間に恐慌を引き起こした。これは急性の出血性腸炎をおこす病気で、死亡率も高かったが、こちらにもワクチンが開発されている。内部寄生虫である回虫は幼犬に多い。多数寄生した場合は発育障害をきたすので駆虫が要るが、売薬を買ってやたらに飲ませるのはよくない。駆虫に先だって獣医師の健康診断を受けることが望ましい。心臓糸状虫症はほとんどの成犬がかかる疾病である。カによって血液中に存在する子虫が伝搬されるので、予防は、カに刺されないようにすることである。カよけの電灯、蚊取り器なども市販されており、補助手段として用いられる。子虫の感染を防ぐ薬剤もあり、カの発生期間中投薬する。心臓に寄生した成虫の駆除には、手術による摘出、投薬法などがあるが、獣医師と相談するとよい。ほかには交通事故による外科疾患も多く、老犬では皮膚や内臓に腫瘍(しゅよう)などもみられる。

[増井光子]

飼い主の義務

飼い主は、従来は春と秋の2回、1985年(昭和60)4月より年1回の狂犬病予防注射を受けさせ、役所に飼い犬届を出さなければならない。イヌによる咬傷(こうしょう)事件も多いので、日常管理にも十分な注意を払うべきで、1975年に告示された「犬及びねこの飼養及び保管に関する基準」にも、放し飼いや汚物により迷惑をかけないように努めることを定めている。イヌのほえ声に対する苦情も多いので、むやみにほえるのをやめさせるしつけも必要である。また無配慮の結果産まれた子イヌを捨てる行為も多く、これは野犬を増やし人畜に被害をもたらすもとともなるし、動物愛護上も好ましいことではなく、1973年にできた「動物の保護及び管理に関する法律」(1999年に改正され、「動物の愛護及び管理に関する法律」となった)で規制されている。繁殖を必要としない場合は不妊手術を望みたい。

[増井光子]

イヌと人間

イヌは地球上でもっとも広い分布をもつ家畜であり、イヌを知らなかったのは、ヨーロッパ人と接触する以前のタスマニア(オーストラリア大陸南東)島民と、アンダマン(インド、ベンガル湾)島民だけであろう。イヌの家畜化は、人類がまだ狩猟採集生活を営んでいたころすでに始まっており、北イラクのパレガウラ(1万2000年前)、イギリスのスター・カー(9500年前)、アメリカのジャガー・ケーブ(1万年前)などの古い遺跡からその骨が出土している。K・ローレンツ(1903―1989)は、イヌと人間の共生的関係は5万年前から始まっていたとしている。新大陸へは、更新世(洪積世)末期(2万~1万年前)に旧大陸から移住してきた人類によってもたらされたと考えられ、太平洋の島々へも、イヌは人類とともに船で渡ったといわれる。

 野生動物や敵から人間と家畜を守る番犬として、また愛玩(あいがん)動物としてなど、イヌは諸民族によりさまざまな用途に利用されてきた。猟犬として使われることも多く、南アメリカ南端のフエゴ島先住民のように、魚を網に追い込むためにイヌを使うという特異な例もある。牧畜犬としての利用は、中近東やヨーロッパの牧羊民のみならず、中央アジアのカザフ人(ウマの飼育)や、シベリアのサモエード人(トナカイ飼育)などにもみられる。このほか新旧両大陸の極北地方では、イヌはそりを引く運搬動物として重要である。その毛皮が衣服に加工されることも多い。北アメリカの平原先住民は、イヌに引き具をつけて荷運びに使っていた。また軍用犬としての利用は古く、すでに古代アッシリアやギリシア・ローマ時代にみられる。イヌを食べる民族も少なくないが、純粋に食料として扱われる場合(古代メキシコのアステカ人、アフリカのマンデ諸族など)と、宗教儀礼や呪術(じゅじゅつ)の一部として食される場合(北アメリカの先住民をはじめ世界中にみられる)に区別できる。逆にイヌの肉がタブーとされることも多く、これは犬祖(けんそ)神話などの宗教的、神話的観念と結び付くことが多い。

 イヌは諸民族の世界観のなかでも重要な役割を演じている。ベトナムのヤオ人は、原初に槃(ばんこ)というイヌがおり、中国の皇帝の宿敵を倒した褒賞に皇女をもらい受け、その子供たちが自分たちの祖になったという起源神話を伝えている。エジプトのアヌビス神や、古代メキシコ(アステカ人)のショロトル神も、イヌの属性をもつ神であり、双方とも現世と冥界(めいかい)の仲介者としての務めを果たしていた。また古代アンデスのワンカ人やシベリアのニブヒ(ギリヤーク)人などは、イヌを神々への供物とし、邪術を防いだり、雨乞(あまご)いをする際にもイヌを供犠(きょうぎ)した。

[松本亮三]

イヌの民俗

日本で犬の語が最初に文献に現れるのは『古事記』の下巻からで、上代にはすでに猟犬や番犬用のイヌを飼育するための「犬飼(養)部(いぬかいべ)」が存在していた。また、平安時代の末から鎌倉時代にかけて行われた犬追物(いぬおうもの)は、イヌを狩猟動物に見立てた武技の一種である。このほかイヌはそりや荷車を引くなどの労役にも使われたが、とくに狩猟者にとって重要で、タカ狩りに伴われるほか、ウサギ狩りや鳥撃ちにも欠かせないものであった。早くから家畜化が進んでいたが、一方でオオカミ、ヤマイヌ、野犬などとの区別が明確でなく、ヤマイヌの群れに取り囲まれたとか、頭の上を跳び越えられたとか、「送り狼(おおかみ)」の話などもある。送り狼は、夜道を歩くと後ろからついてくるというもので、途中で転べば襲われるが、転ばなければ家まで送ってくれるという。またイヌを恐れる人は、イヌに出会ったとき両手の親指を中にして握り、「戌亥子丑寅(いぬいねうしとら)」と3回まじないを唱えればイヌがほえないという。霊的な動物としても登場し、三峯(みつみね)神社(埼玉県秩父(ちちぶ)郡)や、山住(やまずみ)神社(静岡県磐田(いわた)郡)では山犬(ニホンオオカミ)を使令(つかわしめ)としている。イヌの霊が、人間にのりうつるといわれる犬神憑き(つき)の現象も、中国、四国、九州地方に伝えられている。郷土玩具の「犬張り子(いぬはりこ)」は、寝室に置いて幼児を守る魔除(まよ)けとされた。またイヌの出産が軽いことから、岩田帯(妊娠5か月目の戌の日に締める腹帯)に安産を祈って犬の字や絵を書いたり、宮参りなど誕生後初めて生児が外出するときに、額へ鍋墨(なべずみ)や紅(べに)で犬の字を書いて魔除けにすることもある。千葉、茨城から福島県にかけて、イヌがお産で死ぬと、主婦たちが犬卒塔婆(いぬそとば)と称する二股塔婆(ふたまたとうば)を路傍に立てて供養する習俗があるが、これは講仲間(信仰的動機で集まった集団)がイヌの死に関係なく立てる場合もある。

 イヌは「犬塚(いぬづか)」(犬を葬った由来を説く伝説)、「白米城(はくまいじょう)」(落城伝説の一つ)、「犬飼村(いぬかいむら)」(人身御供(ひとみごくう)伝説)など多くの伝説に登場し、「桃太郎」「花咲爺(はなさかじじい)」「猿神退治」などの昔話のなかでも重要な役割を果たしている。イヌを取り上げた諺(ことわざ)も多く、イヌが人間生活のなかにいかに深く入り込み、密接な関係を長く保ってきたかがわかる。

[井之口章次]

『ローレンツ著、小原秀雄訳『人・イヌにあう』(1968・至誠堂)』『平岩米吉著『犬の行動と心理』(1976・池田書店)』『愛犬の友編集部編『愛犬の百科シリーズ』全7巻(1978・誠文堂新光社)』


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改訂新版 世界大百科事典 「イヌ」の意味・わかりやすい解説

イヌ (犬)
dog
domestic dog
Hund[ドイツ]
chien[フランス]
Canis familiaris

食肉目イヌ科の哺乳類。イエイヌともいう。もっとも古い家畜で人間のすむところどこにも見られ,400に及ぶ品種がある。したがって形態はきわめて変化に富むが,どのイヌもつねに後述のようなイヌ科イヌ属イヌ亜属の特徴を備えている。

家畜のイヌは,体高15~20cm,体重0.5~2.5kgのチワワから体高95cmに達するアイリッシュ・ウルフハウンド,体重110kg以上に達するセント・バーナードまで,大きさに著しい変異があるだけでなく,四肢や吻(ふん)の長さ,毛の長短,粗密と色彩,耳介の形と大きさ,尾の形など千差万別といってよいほど変化に富む。しかし巻いた尾や垂れた耳介,短い吻などは,ブタなどにしばしば見るように家畜化によって生じた形質と思われ,これらを除いたイヌの形態はほとんどすべて後述のイヌ属イヌ亜属の特徴に一致する。

 多種多様な毛色においても,家畜化で生じたと見られる白変型,黒変型,赤変型などとそれらの混合したぶちを除けば,体の大部分が他のイヌ属のものと同様,黄褐色,赤褐色,または灰褐色で背筋と尾の上面が濃く,上下の口唇部とほおの下半部,のど,体の下面と四肢の内側が白色に近く,肩の後ろの部分がほかより淡色のことが多い。このほおと肩の後ろの淡色部は,仲間どうしがたわむれに戦う際のかみつく目標となる。

 このようにイヌは,毛色からもイヌ属に属することを察知できるが,他の野生種と異なったところも見られる。すなわち,多くのイヌ属の野生種では,くび,背から尾の付け根までの背筋の毛が体側の毛よりはるかに長く,その部分に黒色の毛を多数混生するため,灰黒色ないし黒色の境界が鮮明な長毛の暗色を形成し,背にマントを着けたように見える。また前肢の前面,外側の濃色部と内側の淡色部の境には,ときに地色よりわずかに暗色で不明りょうなこともあるが,多くは黒褐色の鮮明な縦斑がある。ところがイヌとディンゴでは背筋の毛は体側の毛よりわずかに長いだけで(この点はヨコスジジャッカルに似る),この部分の毛色は体側とわずかしか違わない。また前肢には暗色縦斑を欠き,この点ではシメニアジャッカル(アビシニアジャッカル)とセグロジャッカルに似ている。

 原始的な形態を保っているイヌは,その原種と一般に見られているタイリクオオカミによく似るが,上記の毛の特徴のほか次のような点が異なっていて,識別は困難ではない。すなわちイヌは体長の割りに四肢が短く,胸が広く,左右のひじがオオカミのように接近していない。前・後足とも第3,4指が比較的短いため足跡は円形に近く,オオカミのように縦長の楕円形でない。尾は長毛の品種でもはけ状(オオカミでは太い毛筆状),前頭部は眉の間が深くくぼみ,ヘルメット状にまるく高まらない。目は前頭部の前上端に位置し,オオカミのようにつり上がらない。上あごの外側の切歯は小さく,オオカミのようにきば状でなく,上の切歯列はオオカミほど前方へ突出せず,裂肉歯が比較的小さい。

最古のイエイヌの遺骨は,イラクのパレガウラの洞窟(旧石器時代層)から発掘された約1万2000年前の下顎骨と,アメリカのアイダホ州ジャガー洞窟の1万~1万7000年前の大小2種類の骨格とされているが,1980年にアラスカのオールド・クロウ川付近で最低2万年前と推定されるものが発見された。このイヌは人類がベーリング陸橋を通ってアジアから北アメリカへ移動した際,連れてきたものと考えられるから,イヌはそれ以前にユーラシアか北アフリカのどこかで家畜化されたことになる。

 イヌの古い遺物は中東にもっとも多い。そのためイヌは中東かインドで家畜化され,その原種はアラビア南部のアラビアオオカミか,アラビア北部からインド北部まで分布するインドオオカミであろうとの説が有力である。これらはタイリクオオカミの亜種で,もちろんイヌ亜属に属する。このほかヨーロッパと北アメリカでも別個に家畜化が行われたとする説もあるが,それらもタイリクオオカミを原種とみなし,20世紀初頭まで有力であったジャッカル類をも原種に含める多源説は,今ではほとんどかげを潜めている。しかしイヌとオオカミは前述のように多くの点で異なるから,筆者は最初のイヌの原種はディンゴかそれに似た絶滅した野生種で,その家畜化は東南アジアで行われたようだと考えている。そこからイヌは人類に伴われて各地に伝播(でんぱ)し,オオカミやジャッカルの多い地域ではおそらくそれらと混血し,そのため多様化したのであろう。

 イヌが家畜化されるまでには,その原種の野生犬が部落付近をうろつき,ときには猟人たちの跡をつけるなどして食べ残しをあさる,寄生的な生活を過ごした時期があったことであろう。その野生犬は人間にとくに危険なものでなく,むしろ汚物処理や猛獣の接近を知らせることで役だったので,人々は追い払うことなく放置した。今日のオーストラリアの原住民は部落の内外をうろつくディンゴにとくに餌を与えていないが,砂漠で寒い夜を過ごすときは毛布がわりにディンゴを抱いて寝るといわれる。旧~中石器時代の人類とイヌの原種は,おそらくこれに似た関係にあったのであろう。こうして野生だが部落付近で子を生み,好奇心からそれに近づく人間を,刷込みによって同類と思い込む野生犬の子が増えていった。野生犬の群れにはリーダーがあり,群れのメンバーはそれに服従する性質があったらしいから,人間を同類とみなすようになった野生犬が,ときたま餌などを与える人間をリーダーに近いものと認め,それに服従するようになっても不思議でない。またオオカミのように群れの全員が協力して獲物を狩る習性もあったようだから,人間の助手として猟を手伝うことも,特別の訓練なしにできたはずである。こうして人間がその有用性を認め,進んで餌を与えて利用するようになった時点で,野生犬はイエイヌになったと見てよかろう。

ヨーロッパには新石器時代に三つのタイプのイヌがいた。もっとも古いのは頭骨長16.9cm前後のプチアチニで,脳筐(のうきよう)後端が高くストップ(額と突出した鼻口部との間のへこみ)が弱いところや大きさなど,ディンゴによく似ている。パリア犬,中型日本犬などはこの系統のものであろう。他の二つは脳筐後端がオオカミのように低いもので,前者よりも大きいのをイノストランゼビ(頭骨長17.7cm前後),小型(頭骨長15cm以下)で脳筐がまるいのがパルストリスである。これらはオオカミとの混交が考えられ,前者からはハスキー,後者からはテリア類が生じたらしい。青銅器時代に入るとさらに三つのタイプが加わる。脳筐後端が高く眼窩(がんか)が低いマトリスオプチマエ(頭骨長17.1~18.9cm)と,脳筐後端がさらに高くてストップが強く,ポインター,セッター,スパニエルなどによく似たインテルメジウス(頭骨長16.4cm前後)および脳筐後端が低くて眼窩が低く,グレーハウンドに似たレイネリである。グレーハウンド型のイヌは古代エジプトからも知られるが,それとレイネリとの系統関係は,マトリスオプチマエとコリー類を結びつける説と同じく,近ごろでは疑われ出している。現在のイヌの品種は以上六つのタイプが混交してできたと考えられ,さまざまな系統関係が提唱されているが,いずれも推測の域を出ない。

400以上もあるといわれる品種の系統的な分類はきわめて困難で,定説といえるものは見当たらない。しかしその頭骨には(1)ディンゴやジャッカル類に似て脳筐後端が高いタイプと,(2)そこがオオカミに似て低いタイプがあり,後者にはオオカミの影響が考えられる。この違いに基づきツォイナーF.E.Zeunerの分類(1963)を整理すると次のようになる。

(1)(a)パリア犬類 プチアチニ,マトリスオプチマエ系の原始的な姿を保っているイヌで,ディンゴに似る。ニューギニア犬,パリア犬,日本の柴犬,甲斐犬,紀州犬などの中・小型犬(日本犬)のほか,吻が細くとがるスピッツの多くもこの類に含まれる。(b)ハウンド・スパニエル類 インテルメジウス系で前類に似るが,ストップが強く,大きな耳介と上唇が垂れ下がっている。短毛のブラッドハウンドダルメシアンフォックスハウンドポインターなどと,一般に長毛で四肢が比較的短いスパニエル,レトリバー,セッターなどが含まれる。ペキニーズチンパピヨン(パピロン),マルチーズなどもこの系統に属する。

(2)(c)ハスキー類 イノストランゼビ系でオオカミに似るが眼窩が高い。シベリアン・ハスキーサモエードエスキモー犬(ハスキー)など。チャウ・チャウもこの類といわれる。(d)グレーハウンド類 レイネリ系といわれる。前類に似るが頭骨が長狭で眼窩が低く,四肢が長い。グレーハウンドサルキーボルゾイなど。コリーオールド・イングリッシュ・シープドッグなどは別にコリー類とされることが多いが頭骨はこの類に酷似し,区別が困難なほどである。ジャーマンシェパードやドーベルマン・ピンシェルはこの類とハスキー類の中間である。(e)マスチフ類 ハスキー類に似るがストップが強く,眉が高く目がくぼみ,上唇が垂れ下がっている。体はふつう巨大。チベタンマスチフ,セント・バーナード,ニューファンドランド・マスチフ,グレート・デーンブルドッグパグなど。(f)テリア類 パルストリス系で脳筐がまるくその中部が高い。ストップは弱く眼窩が高く位置する。エアデール・テリア,フォックステリアなどのテリア類。チワワはこの類に近い。

系統的な分類がきわめて不安定なため,一般には用途別の分類が行われており,ふつう猟犬と非猟犬に大別する。

(1)猟犬 獣猟犬 獲物を追う方法から視覚型と嗅覚(きゆうかく)型に分ける。(a)視覚型 グレーハウンド,サルキー,アフガンハウンド,ボルゾイなど。(b)嗅覚型 フォックスハウンド,ビーグル,ブラッドハウンド,ダックスフントなど。鳥猟犬 スパニエル,セッター,ポインター,ワイマラナーなど。テリア類 かつてネズミなどの駆除に使われたもので,使役犬に含めることもある。フォックステリア,ミニチュア・シュナウツァー,ブルテリアなど。

(2)非猟犬 使役犬 (a)牧羊犬 コリー,ジャーマンシェパードなど。(b)農場犬 ロットワイラー,シュナウツァーなど。(c)番犬 マスチフ,グレート・デーン,セント・バーナード,ボクサー,ドーベルマン・ピンシェルなど。(d)そり犬 エスキモー犬,サモエードなど。愛玩犬 チワワ,チン,ペキニーズ,マルチーズ,ポメラニアンプードル,ダルメシアン,ブルドッグ,チャウ・チャウなど。

 以上のほか特殊な用途に応じて,警察犬(ジャーマンシェパード,ブラッドハウンドなど),軍用犬(ドーベルマン・ピンシェルなど),救助犬(セント・バーナードなど),闘犬(土佐闘犬など),盲導犬(ラブラドル・レトリーバーなど)と呼ぶこともある。

飼われたイヌは飼主に服従し,命令に服するだけでなく進んで外敵を攻撃して飼主を守るが,これは飼主を自分が属する群れの上位者と見ているためである。なかには家人にかみつくイヌもあるが,これは飼いかたが悪いためイヌが群れの中の順位を知りえず,戦って順位を決めようとするのである。オオカミではこの戦いに負けたものは服従のジェスチャーを示し,それで戦いが終わる。だが人間はそのようなしきたりを知らないから,攻撃するイヌと戦い続け,そのためイヌはいっそう激しくかみつく。この戦いをイヌの反逆とみなして主人が無理に戦いをやめさせると,そのイヌはときに無知な主人を欺いて上位者となり,いうことを聞かない〈悪いイヌ〉になってしまう。

 このようなイヌの行動の説明は,イヌがきびしい順位制をもつ群れで生活するオオカミから生じたとの推定に基づいている。しかしイヌは,威嚇のしかた,鳴声,2頭が互いに後肢で立ち上がって相手に飛び掛かる遊びなど,いくつかの行動でオオカミと異なるほか,パリア犬のような半野生状態にあるイヌでも,オオカミのような順位制のきびしい群れをつくらないなど,オオカミと違ったところがあるから,イヌのすべての行動をオオカミの行動の変形とみるのが正しいかどうか疑問がある。

 アメリカの都会にすむ野良イヌでその行動の実際を見てみよう。彼らは人に飼われたイヌと違って夜行性で,夜の11~12時から朝の6~9時まで活動する。多くは1頭,ときに3頭程度の小群ですみ,行動圏の中には廃屋などを中心にした6ha前後の他のイヌの侵入を許さないなわばりがある。行動圏の広さは残飯などの食物の量によって違い,それが豊富な地域では60ha前後と狭いが,食物が少ない地域では1000haに達する。行動圏はある個体または小群が常時歩き回る地域で,ごくまれにこの圏外に遠出することがある。

 なわばりで休んでいた小群が,残飯が多く,水飲みや水浴び,リスを追いかける遊びなどに適した行動圏内の公園などに出かけるときは,たいてい雌のリーダーが先頭に立つ。その後に続く雄は,帰りに先頭に立つことが多い。小群の最後尾を歩くのは,リスを追ったり外敵を攻撃するとき先頭に立つ雄である。小群は歩きながら道路の路肩,壁,電柱,消火栓,公園内の芝生,草やぶ,立木などに包皮腺の分泌液がまじった尿をかけるが,おそらく自己の存在を主張するのであろう。雌が尿のマーキングをすると,多くは2番目の雄がその上に重ねて尿をし,最後尾の雄が雌の尿に重ねて尿をかけた場合は,2番目の雄がさらにその上に重ねる。尿によるマーキングは,一般になわばりの宣告と説明されるが,なわばりの境界ではほとんどマーキングが見られず,重ねマーキングの意味もよくわかっていない。しかしそれをする雄は,リーダーの雌ともっとも親密な間がらにあり,他の雄より小群から離れる頻度が低い。

 行動圏は他のイヌの行動圏と重なっていて,そこでしばしば顔見知りのイヌと出会うが,それらとは友好的である。しかし見知らぬイヌに出会うと激しく攻撃し,行動圏外に追い払う。インドのパリア犬も,単独または小群で屠殺(とさつ)所,食品製造所など部落に数ヵ所ある餌場を中心になわばりを設けてすむが,ときに大きな群れをつくって部落近くの森林でシカなどを狩り,あるいは外敵と戦う。しかしこの群れは一時的で,すぐ解散する。部落にはつねに1頭の優位なイヌがいて,そのなわばりを数頭のイヌが共有し,餌場へ他のイヌを近づけない。だが残りのイヌの間には,はっきりした順位がなく,順位決定の戦いや上位者に対する服従の表明がはっきりしない。飼われたイヌでは,服従の意志は尾を上げ左右に振って威嚇する上位者に対して,尾を下げて振り,あるいは外敵に向かってほえて示す。しかしほえるのは,自分の社会的な位置の主張でもある。

イヌは嗅覚が人の数千ないし数万倍も鋭く,垣根に残る敵のにおいで興奮し,飼主の衣服のにおいをかいで喜ぶといったところから〈鼻で見る〉といわれる。飼主が新しい服を着たり,ふろ上がりの裸でふだんとにおいが違うと,イヌは未知の人と誤認して攻撃することがあるが,これはイヌが識別に主として嗅覚を使い,顔つきの違いを重視する性質がないためであろう。イヌの目の解像力は弱いらしく150m以内でないと飼主を識別できない。また色覚はほとんどなく,全色盲に近い。しかし耳はかなり鋭いほうで,人には聞こえない2万Hz以上の超音波を聞ける。

雌の交尾期(発情周期)は季節にかかわりなく約6ヵ月の間隔で起こる。まず外陰部が腫脹し,数日後に出血が始まり,これが約1週間続くと発情前期が終わって発情期に入り,この期間(数日~2週間)に交尾する。雌が交尾期に入ると,多数の雄が集まってきて一時的な群れをつくり,雄どうしが戦う。雌は集まった雄の中から大きくて強い雄を相手に選ぶ。相手が決まると雌は他の雄を追い払い,つがいの雄は雌のすみ場を守る。交尾期には雄,雌とも飼主から離れ,それが終わると戻ってくるが,これはオオカミその他の野生種には見られない現象である。

 妊娠期間は49~70日,多くは63日,1腹の子の数は3~12頭(ときに20頭)である。子は有毛だが目が閉じていて,9日前後に開く。約6週間乳を飲み,3~4ヵ月で乳歯は永久歯に生えかわる。この生後5~9週の間に刷込みが行われ,この期間に人に接しなかったイヌは,一生人を同類と認めようとしないといわれる。子は6~9ヵ月で性的に成熟する。12歳で老犬となるが,16歳以上,ときには20歳まで生きることがある。

イヌ科Canidaeはネコ科に近縁と推定される地上にすむ捕食動物で,四肢が細長く前・後足とも第2~5指だけを地につけて歩き,第1指はネコ科と同様後足になく,第3,4指が同大で他の指よりも大きい。橈骨(とうこつ)と尺骨(しやつこつ),脛骨(けいこつ)と腓骨(ひこつ)は一部が靱帯(じんたい)で固く結合していて別々に動かず,走行には適するが,ネコ類のように前足を武器として使うことはできない。つめは先が鈍く鞘に引き込められない。歯は大多数の種では42本で裂肉歯が発達し,吻が細長く嗅覚が鋭い。肛門に細い管で開く肛門腺はあるが,ジャコウネコなどのような外部に広く開口する会陰腺はなく,盲腸と大きな陰茎骨がある。南・北アメリカ,ユーラシア,アフリカの主として草原や砂漠,ツンドラにすみ,森林にすむものはごく少ない。現生のイヌ科には10~12属35~38種があり,もっとも原始的なヤブイヌ類(タヌキヤブイヌカニクイイヌハイイロギツネオオミミギツネなど),吻が細長く先がとがったキツネ類(アカギツネ,フェネックギツネホッキョクギツネなど),南アメリカ特産でキツネ類とジャッカル類の中間のクルペオ類(クルペオ,タテガミオオカミなど),大型でもっとも進化したイヌ類の4類に大別できる。最後のイヌ類にはイヌ属のほか,ドールリカオンの2属も含まれる。これら2属は裂肉歯が異常に鋭いなどの点から,ヤブイヌとともに鮮新世のシモキオンに近縁と考えられ,シモキオン亜科として他と区別されていたが,シモキオンはイタチ科の動物で,これらの形態の類似は相似にすぎないことが近年判明した。

イヌ属はキツネ類に比べ体ががんじょうで四肢が長く,尾が比較的短い。頭骨はがんじょうで吻が太く,大きな前頭洞があるため眉の部分が高まっていて目の位置が高い。耳介は三角形で直立し,瞳孔は収縮したときも円形のままである。指は前足に5本,後足に4本,水かき状の皮膚で互いに固く結ばれ,ネコ類のように指を広げることはできない。つめはがんじょうで短く,走るときスパイクの働きをする。歯式は切歯3/3,犬歯1/1,前臼歯(ぜんきゆうし)4/4,臼歯2/3で,歯の合計は42本。犬歯はキツネ類よりはるかに太くて短く先がとがっていない。上あごの第4前臼歯は下あごの第1臼歯とともに強大な裂肉歯となり,その長さ(前・後径)は上あごの第1,2臼歯を合わせた長さにほぼ等しいかそれよりも長く,この点で裂肉歯の小さいクルペオ類およびイヌ類のリカオン属と区別できる。ドール属はこの点はイヌ属に等しいが,臼歯は2/2で耳の先がまるい。

 イヌ属には,体が比較的小さく,犬歯がややキツネ類に似,上あごの第1臼歯の幅が狭くてその基部をとり巻く高まり(歯輪)が強く,乳頭が8個あるジャッカル亜属,それに似るが吻が長く,尾が短いシメニアジャッカル(アビシニアジャッカル)亜属,体が大きく犬歯が短太で先が鈍く,上あごの第1臼歯の幅が広くて歯輪が不完全,乳頭が10個あるイヌ亜属の3亜属がある。これらのうち,もっとも原始的でクルペオ類に近いジャッカル亜属には,アフリカの中部と南部に分布し背筋と尾端の黒いセグロジャッカル,ほぼ同じ地域に分布し背の両側に黒線があって尾端が白いヨコスジジャッカル,北アフリカ,アラビアからタイまで分布し,背筋に黒毛を混生し,尾端の黒いキンイロジャッカル,アラスカからコスタリカまで分布し,毛色は前種に似るがやや大きく,上あごの切歯列が出っ張っているコヨーテの4種がある。シメニアジャッカル亜属はエチオピアの高原にすむシメニアジャッカル(アビシニアジャッカル)だけを含む。本種は大型で上あごの切歯列が突き出ている点はコヨーテに似るが,吻が細長く,背筋には黒毛を欠く。

 イヌ亜属には家畜のイヌのほかオーストラリアのディンゴ,1905年を最後に姿を消した本州,四国,九州のニホンオオカミ,北アメリカの南部にわずかに残りすむアメリカアカオオカミ,ユーラシアと北アメリカの大部分,南はアラビア,インド北部,メキシコまで広く分布するタイリクオオカミ(オオカミ)の4種が含まれる。ディンゴは家畜のイヌが野生化したものと考えられていたが,形態や生態の詳細な研究から,かつて一度も人間に飼われたことのない野生種だとの説が近年現れ,注目されている。おそらくディンゴはイヌの原種の一つかそれにごく近いものであろう。
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イヌは,現在300種を超える多くの純粋種が飼育されているが,成犬の体重は,小は1kg前後から大は100kgを超えるほど著しく相違する。しかし,出生時の体重は,小は平均150g,大は500gで,種類の相違による差は小さい。小型種は成犬になるまでに10~15倍の増体重しか示さないが,大型種は優に100倍を超える。大型種は小型種に比べ,成熟するまでにやや長い月日を要するが,一般にどの犬種も10ヵ月齢でほぼ成犬の大きさになる。ことに6ヵ月齢までの発育速度はきわめて速く,幼犬期に栄養が不十分だったり,病気などで発育が阻害されると,天性の素質を十分に発揮させて成育させることはできない。栄養バランスのよい食餌の規則正しい給与,適度の運動,伝染病の予防注射などに十分の配慮が必要である。

 初めてイヌを飼うときは,まずどの犬種を選ぶべきかを決める。もちろん雑種にもすばらしい性質や性能のイヌも多い。選択に当たっては,家族構成,住居など家庭環境と飼育目的に即したイヌを選ぶことが重要である。屋内飼育では小型種が,屋外飼育では中・大型種が適している。グレート・デーンや秋田犬を屋内で飼うこともできるが,日本の生活様式では飼いにくいことが多い。チワワやマルチーズは屋外では飼えない。愛玩犬,猟犬,作業犬,番犬など,あらゆる目的に適した犬種があり,それぞれ大きさ,性格,被毛の長さ,色調などに特徴があって,飼育目的に適した犬種を選ぶことは容易である。

イヌは,野生のときには親子,兄弟,同族などが集団生活を営んでいた群生動物で,その群れはボスによって支配され,厳格な順位が守られていた。現在の家犬は,ただ1頭が飼われていても,主人,主婦,子どもたちなど,その家庭内の順位を敏感に察知し,その構成内における自分の順位をなるべく高く維持しようとする競争性本能をもっている。したがって,主人が在宅のときは,主婦や子どもたちの命令に従わないことがある。幼犬期には人によく慣れ,警戒心や競争性もとくに強くはないが,成犬になるにつれ,自我が強くなるので,あらゆるしつけは幼犬期にしっかり教え込む必要がある。家庭でのしつけは早いほどよく,離乳の直後からでも早すぎることはない。特殊な作業犬や訓練犬の調教は,家庭犬としてのしつけを覚えたのち,6ヵ月齢ころから始める。イヌは食物によらずにしつけや調教ができる唯一の動物といっても過言ではなく,愛情と根気こそもっとも重要である。

離乳までは母犬や同腹子の仲間どうしでじゃれあう程度でよく,とくに運動を課する必要はない。離乳から4ヵ月齢までは家族の子どもと室内や庭で走ったり遊ぶ程度が適当で,散歩による戸外運動は4ヵ月齢以降がよい。運動量は歩いたり走ったりする距離と速さを,体力の増加,体の発育に合わせて増加し,無理な引き運動を急激に行ってはならない。とくに大型種の未熟な子イヌに過激な運動を強いると,四肢の骨や筋肉ののびのびした発育を妨げることがある。

(1)消化器 イヌは1万年にも及ぶ人類との共同生活を経て,雑食性を獲得したが,本来は肉食動物で,その消化器の構造や機能は,雑食動物,草食動物とは本質的に異なる。臼歯は丘陵歯で鋭く,典型的な切縁歯である。あごは等顎型で,下あごは上下運動を行い,水平運動はほとんどできない。したがって,歯は食塊を適当な大きさに破砕,または引き裂くにすぎない。唾液は,食塊がのど,食道を容易に通るための潤滑油の役割が主で,消化作用はほとんどない。食道は,じょうぶで弾力性に富み,食塊を2~6秒の速さ(ウマは60~80秒)で胃へ運んでしまう。胃は非常に大きく,消化管全容積の60%余を占める。胃液は強酸性で種々の消化酵素を含み,蠕動(ぜんどう)運動で食物とよく混和し,半消化状にして小腸へ送るが,意識的嘔吐も可能である。一般に,植物性食物のほうが動物性食物より胃内停滞時間が長い。食物は十二指腸で胆汁や膵液とまじってアルカリ性になり,小腸で本格的な消化,吸収が行われる。しかし,生の植物性繊維はまったく消化されない。大腸は主として水分を吸収し,消化作用はほとんどない。

(2)食物 イヌの食物は消化器の性質から,動物質を主,植物質を従と考えるのがよい。動物質は栄養価が高く,消化,吸収もよい。ことに幼年期の成長速度が速い中・大型種では,骨格形成に必須のミネラル(骨粉など自然の骨成分)を動物性タンパク質とともに与えるのがよい。植物質は,米飯,パンなど,よく調理された穀類,その他を動物質と適当にまぜて与える。イヌは,植物質のみには嗜好性を示さないのがふつうであるが,飼いイヌは学習によって何でも食べるようになる。生野菜や果実は,わずかにそれらから溶出する糖分やビタミンの一部が利用されるにすぎない。ビタミンB1とCは体内で合成され,とくに激しい運動や疾病のとき以外は欠乏しない。他のビタミン類,塩類をはじめとする必須微量ミネラルは,動物性食物から十分かつ適量が摂取される。一般に,植物質は食物全量の60%を超えないことが望ましく,脂肪は動物質から容易に摂取され,全量の約6%が含まれていればよい。動物性脂肪に対する嗜好性は非常に高いが,10%を超えると栄養のバランスを崩すことがある。市販のドッグフードはNRC(national research councilの略)標準に従ってつくられており,各栄養素がバランスよく配合されている。発育期の子イヌは,平均して成犬単位体重当り維持熱量の2倍を必要とする。妊娠中・後期,授乳中の雌イヌは,胎児数や子イヌの数にもよるが,平常時の2~3倍の熱量を必要とする。これらの高カロリーを必要とするイヌには,動物性食物の割合と量を増し,その必要熱量を満たすことが望ましい。一般に,小型種ほど単位体重当りの必要熱量は多い。

イヌの病気は種々あるが,飼主が注意しなければならないのは,ジステンパー伝染性肝炎パルボウイルス腸炎,レプトスピラ病,消化器寄生虫病,フィラリア症,皮膚病などがおもなものである。ジステンパー,伝染性肝炎,パルボウイルス腸炎の病原はウイルスで,ワクチンの接種で予防できる。レプトスピラ病の病原はスピロヘータで,汚染物質の摂取や病犬との直接接触で感染する。感染犬の多くは不顕性で,長い間尿中へ病原を排泄し,それに汚染した食物からネズミが感染して病原をばらまく。急性症では40℃前後の発熱,食欲不振,結膜充血,さらに黄疸などが見られ,腎炎や肝障害を起こす。体温が36℃台またはそれ以下に下がるのは危険信号である。ネコは強い抵抗性をもつが,他の動物は感染し,まれにヒトが感染することもある。治療には抗生物質がよく効くが,この疾患もワクチンで予防できる。消化器の寄生虫は,カイチュウ,コウチュウ,ベンチュウ,ジョウチュウなどが主で,ことにカイチュウとコウチュウは激しい消化器障害を招き,両者とも母犬の胎内で,すでに感染していることが多い。これらは感染犬の排便中の虫卵によって他犬に感染するが,獣医師によって比較的容易に駆除してもらうことができる。フィラリア症の病原はセンチュウで,カによって媒介される。予防はカを防ぐことにつきるが,獣医師により予防も治療もできる。皮膚病は,ヒゼンダニ,ニキビダニ(毛包虫),真菌など,皮膚へ侵入する寄生虫や病原体によるものと,ノミ,マダニなどの体表寄生虫のため,皮膚にかき傷をつくり,これに病原菌が感染して生ずる湿疹などがおもなもので,梅雨期から夏期に発症しやすい。つねに被毛や皮膚を手入れして,皮膚を清潔に保つことで大部分の皮膚病は予防できる。発病した場合には,病巣面積が小さいうちに専門家の適切な治療を受けることがたいせつである。なお,狂犬病はあらゆる温血動物をおかす致死的な人獣共通伝染病であるが,日本では〈狂犬病予防法〉の施行に伴い,1956年以来,イヌの狂犬病は発生していない。

イヌの飼主は,〈狂犬病予防法〉(1950)の定めるところにより,イヌを取得した日(生後90日以内のイヌを取得した場合には,生後90日を経過した日)から30日以内にそのイヌの所在地を管轄する都道府県知事に市町村長(または区長)を経て飼いイヌの登録を申請しなければならない。この法律は毎年定期的に飼いイヌに狂犬病の予防注射を受けさせることを義務づけるとともに,飼主の飼いイヌに対する責任を明らかにすることを求めている。これは血統書を発行する日本ケンネルクラブ,日本犬保存会,その他の純粋犬種の協会やクラブへの登録とはまったく異なり,純粋種,雑種の区別はない。飼いイヌの死亡,譲渡などで飼うことをやめた場合には,その旨を届け出ることになっている。また〈動物の保護及び管理に関する法律〉(1968)が定められ,この法律に基づき,各都道府県,政令指定都市は,地域の実情に適した条例(通称ペット条例)を制定し,飼いイヌのみならず,あらゆるペットの飼いかたを指導している。

イヌの品評会で,気候のよい春秋に全国各地で開催される。各犬種ごとに幼犬,未成犬,成犬,性別に分け,複数の審査員がその犬種の理想とされる体型,被毛,性質,運動性,マナーなどを基準に比較審査し,合議で優秀犬の順位を決定して表彰する。その犬種の最優秀犬(ベスト・オブ・ブリード)と,その中からその日の最優秀犬(ベスト・イン・ショー)を選出する。ショーは各犬種の育種改良と繁栄および動物愛護の精神高揚を目的としており,国際的なワールド・ドッグ・ショーも毎年世界各国で開催され,日本からの出陳犬,審査員の参加も見られる。このほか,猟犬種,作業犬種の競技会も日本をはじめ,諸外国で広く行われ,それぞれの犬種の性能向上がはかられている。
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縄文時代の遺跡から犬の骨が発見される例は,そのもっとも早い時期に始まって,少なくない。狩猟対象と認められる例もあり,食用にも供されたわけだが,埋葬例も多く,猟犬や番犬として飼育されたことを示す。家犬の土偶も見られる。洪積世の地層から出土するイヌ科動物の骨との連続性については,一般に否定的な見解がとられ,縄文時代を通じて,数系統の家犬の導入と交雑があったかと考えられているが,南方渡来の小型ないし中型犬を基礎として,北方からの大型ないし中型犬と朝鮮半島からの中型犬がこれに加わったとする説など,諸説があって,確定しない。日本での家犬系統いかんは,日本人起源論とも深くかかわる問題である。

 弥生時代の銅鐸(どうたく)には,5頭の犬が猪を囲んで攻める図が彫られている例があり,後期古墳出土の須恵器にも犬を含む狩猟場面の塑像を伴うものがある。写実的な犬形埴輪の存在も知られている。犬が人間生活に深くかかわっただけでなく,儀礼の面でも大きな役割をもったことを思わせる。大和の政権において,犬養連(いぬかいのむらじ)は軍事と関係する家柄であり,犬養部が飼養する犬は,宮城諸門や屯倉(みやけ)の番犬であったと考えられる。記紀神話の海幸・山幸の話は,隼人が狗人と呼ばれて,犬の吠声(はいせい)をあげて宮廷の垣を守る役を帯びていたことの起源説話である。被征服者が犬の地位に身をおいて守衙の任にあたったわけだが,ほかに恭順の意を表するために犬を献じた例も,《古事記》雄略天皇条に見える。大和政権のいわゆる国土統一過程に,その軍事力として,犬が演じた役割を,そうした儀礼の背景に想定することができる。

 貴族政権の世界では,令制によって,兵部省管下の主鷹司(しゆようし)が鷹と犬を調習するのを職掌とし,鷹狩用の犬が政府によって飼育された。鷹とともに犬が外国からも輸入され,若干はこの期にも新種の混入があった。犬の飼育・訓練法は,818年(弘仁9)の《新修鷹経》以来の鷹訓練法に付随して,貴族世界内で伝習された。一方,ペットとしての犬飼育も,《枕草子》などに,そのあとをとどめている。反面,都市における野犬の横行も早くからのことであった。13世紀初頭に宮中の故実を記した《禁秘御抄》には,宮中諸所の縁の下から犬を狩り出して弓で射る〈犬狩り〉行事での近年の乱れが指摘され,《明月記》(1235)などの貴族の日記には,しばしば犬が宮中や邸内を汚す記事があり,ときには人骨をくわえこんだこともあった。《北野天神縁起絵巻》などには,埋葬地に犬が描かれ,埋葬人体の多くが犬に食われる運命にあったことを示す。犬に穢(けがれ)の観念が伴ったのは,こうした事情によるのであろうが,反面,異状を発見する嗅覚のため,呪詛(じゆそ)を見破る力を評価される面もあった。

 狩猟を生業とする者は,犬に依存することが大きく,武士は狩猟に親しんだから,武家政権でも犬はよく利用された。犬追物(いぬおうもの)は,武家政権成立後早くに始まるらしく,北条高時は,闘犬を愛好したと伝えられる。犬狩りや,《徒然草》(1331)にも見える鷹餌用の殺犬などとともに,犬は手近な虐待対象ともなった。

 16世紀の南蛮屛風の類には,ポルトガル人が犬を伴う景が多く描かれる。マスチフ型の大型犬の新奇さとともに,彼らの犬愛好ぶりも大きな注意を引いたのである。これら新種の猛犬は,唐犬と呼ばれて,大名たちの間で贈答され,猟に利用されるとともに,その権威を誇示するものともなった。

 17世紀初頭には,将軍,大名の間に鷹狩りが流行したが,彼らは多数の猟犬を飼育し,また領民から鷹餌用の犬を徴した例も多い。新興都市江戸には野犬が横行して都市掃除人の役割を演じたが,皮および肉の利用をはかって,犬を捕殺する者もあった。17世紀末,徳川綱吉の生類(しようるい)憐みの令はそのような犬観を否定し,犬の愛護と登録を命じ,江戸内外に大量の犬を収容する大規模な小屋を設置させた。諸藩でもこれにならった例がある。唐犬の対極に,小型のペット用犬には〈べか犬〉と呼ばれるものがあったが,狆(ちん)の普及も,17世紀末以来のようで,以後もその飼育や交尾の法が説かれ,室内愛玩犬として,犬とはほとんど別の生物のように扱われた。なお,18世紀前半には狂犬病の流行も見られた。

 19世紀末,欧米人によって多くの洋犬が導入され,西洋流の猟犬飼育も一部に普及していった。反面,下総牧羊場での御雇外国人は,日本の犬を〈忌ミ嫌フベキ悪犬〉としてその指導下に大量の犬を捕殺させた。以後,日本在来犬は急速に西洋犬と交雑したため,1928年に発足した日本犬保存会などによる日本犬復元運動が起こり,34年銅像が建てられた忠犬ハチ公の美談も,この運動に一役を演じた。だが第2次世界大戦中にも,保存さるべき犬の抹殺の動きもあった。60年代以降には,犬飼育の流行はさまざまな犬関連産業を輩出させるに至っている。
犬神 →犬供養 →戌の日 →犬張子
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古代中国では,犬は狩猟以外に祭祀の犠牲として盛んに用いられた。犬字をもつ漢字〈祓,然,圧,哭,伏,献……〉は,もと卜辞(ぼくじ)などでは犬牲を用いた各種の祭礼の名称であった。殷代の祭場跡や墓底から出土した多量の犬骨もこの風習の盛行を裏づける。《老子》,《荘子》天運篇などに見える〈芻狗(すうく)〉は快気祈願や厄払いのために神前に供えるわら細工の犬のことで,周代から三国時代ころまで行われたらしく,犠牲の代用品といえる。雨乞いに犬を殺して井戸や泉に投じたり,犬を城門にはりつけて邪気を防ぐ〈磔(たく)〉も行われた。古代人は狩猟時代からのよき伴侶であったこの獣を霊獣視し,水界の精霊,あるいは冥界の使者,案内者とも信じていたらしい。古くから食用にも供され,《礼記》月令篇,内則篇に天子が季秋に犬肉を食べ,犬肉が粱(あわ)飯に適すると見える。戦国,漢代には犬の屠殺業者〈狗屠(くと)〉も現れた。後世食犬の習慣はしだいに廃れたが,広東料理では今なお犬肉を珍重している。

 華南のとくにミヤオ・ヤオ系の少数民族の間に,〈槃瓠(ばんこ)〉という飼犬が戦功をたてて王女をめとり,種族が発祥繁栄したと説く犬祖神話が伝わるが,これはすでに《捜神記》,《後漢書》南蛮伝に記録があり,槃瓠はこの種族のトーテムとも考えられる。華南,西南中国の漢族,少数民族に流布する〈兄弟分家〉〈狗耕田〉と呼ばれる昔話は,田を耕し,殺されても次々と植物に転生して富をもたらす犬をめぐる兄弟葛藤譚で,日本の花咲爺との類似が指摘されている。同地域に,犬が大昔天上から稲などの種を尾につけて海を泳ぎ渡り初めて地上の人類に将来したという伝説も広く分布し,新米の飯をまず犬にささげる風習も一部に残っている。主人に報恩する義犬の伝説が多く伝わっている反面,主人に取り入る,主人の威を借る卑しい畜生という悪いイメージも一般にもたれ,手先や下劣なやつを意味する〈走狗〉〈狗腿子〉〈狗蛋〉など罵語によく使われる。
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世界の神話に現れる犬の中でも,とくに際だっているのはギリシア神話の冥府の番犬ケルベロスである。冥王ハデスとその妃ペルセフォネがすむ館の入口にいて,そこを通る死者たちを威嚇し生者の通過は許さぬと信じられたこの猛犬は,怪物の王テュフォンが,上半身は人間の女で下半身は蛇の形をした女怪エキドナに生ませた,どれも恐ろしい怪物の子の一つで,三つの犬の頭をもち,尾は生きた蛇で,背中からもたくさんの蛇の頭が生え出ており,頭の数は全部で50とも100ともいわれている。12の功業の一つとして,この犬を連れてきて見せることを,主君のエウリュステウスから命令されたヘラクレスは,冥府にきて,武器を使わぬという条件つきでハデスの許可を得ると,素手で犬と格闘し,蛇の頭にかまれながらひるまず怪力で締めつけて,ついに降参させた。そして従順になった犬を従えて帰ったところが,それを見てエウリュステウスは震え上がって,すぐにまた冥府に戻させたという。このテュフォンとエキドナの長子は,オルトロスOrthrosと呼ばれる怪物の犬で,二つの頭をもち,エキドナと母子姦して,どちらも恐ろしい怪物であるスフィンクスとネメアのライオンを生ませた。世界の西の果てにあるエリュテイア島で,頭が三つで手足がそれぞれ6本ずつあった巨人ゲリュオンGēryōnの所有する牛の大群の番をしていたが,12の功業の一つとしてこの牛群を奪ってくることを命じられてはるばる旅してきたヘラクレスにより,なんなく退治されてしまったという。

 冥府の番犬は,北欧神話にも出てくる。死の女神ヘルに飼われているガルムGarmrで,世界の終りのラグナロクのときがくると,鎖を断ち切って神々と魔物の軍勢との決戦に参加し,神々の中でもとくに勇敢なテュールと戦って相打ちになるという。インド神話の死者の国の王ヤマ(閻魔王)も,目がそれぞれ四つずつある2頭の犬を所有している。この犬たちは,ヤマの館へいく死者たちが通る道の番をしており,死者たちはその場所を全速力で通り抜けねばならぬとも,ヤマの使者として人間界にやってきては,死期のきた人を主人のもとへ連れていくともいわれている。

 エスキモーによって,〈海獣たちの母〉としてあがめられている大女神のセドナSednaも,犬とすこぶる結びつきが深い。神話によれば,彼女はもとは人間の娘で,父と2人だけで暮らしていたが,父にどんなに勧められても人間の夫との結婚を拒否し続け,しまいに雄犬と結婚して,父と別れて小島にすみ,たくさんの子を生んだが,そのあるものは犬で,あるものは人間だった。彼女の夫の犬は,毎日海を渡って妻の父の家にきては肉をもらって帰り,妻子を養っていたが,そのうちにいや気がさした父親は,犬に肉の代りに石をもたせて帰らせたので,犬は重みに耐えかね溺死して海底に沈んでしまった。そこでセドナは,養うことができなくなった子どもたちを世界中に散らばらせた。犬の子どもたちは,海を渡ってヨーロッパ人の祖先になり,人間の子どもたちは陸の上に散らばってエスキモーの先祖になった。その後セドナは,また父の家で暮らしていたが,そのうちにそこに嵐の鳥が美青年の姿をしてやってきて,彼女を誘惑し,連れていって妻にした。父親は娘の行方を探し回り,見つけると小舟に乗せて連れ帰ろうとしたが,途中でそのことに気づいた嵐の鳥が,激しい暴風を起こし海を荒れさせたので,こわくなって娘を海中に投げ捨て,娘が必死で舟べりにしがみつくと,その指を手斧で切り落とした。指は海に落ち,アザラシやセイウチや鯨などに変わった。セドナはこのときから海の底にすんで,これらの海獣たちを支配している。彼女がすんでいる家の入口は,最初の夫の巨大な犬によって守られている。このセドナの神話とよく似た,犬を夫にした娘の話は,北アメリカの原住民の間に広く流布しており,類話はシベリアからも発見されている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イヌ」の意味・わかりやすい解説

イヌ
Canis familiaris; dog

食肉目イヌ科。最も古い家畜で,1万年以上も前に家畜化されたと思われているが,原種はなんであるかよくわかっていない。目的によって数多くの品種がつくられている。用途別に,狩猟犬 (→ポインターなど) ,番犬 (→セント・バーナードなど) ,牧羊犬 (→コリーなど) ,競走犬 (→グレイハウンドなど) ,警察犬 (→シェパードなど) ,家庭犬,愛玩犬 (→チワワなど) などに分けられるが,今日では,多くのものは愛玩用として飼われている。品種により多少違いがあるが,妊娠期間は 62日間で,1回に2~16頭の子を産む。子は生れたときは閉眼で,約 10日で開く。約1ヵ月半で離乳し,約1年で成熟する。日本では,狂犬病予防法により,飼育する際には保健所へ届け出ることが義務づけられている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

栄養・生化学辞典 「イヌ」の解説

イヌ

 [Canis familiaris].実験動物として用いられる.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のイヌの言及

【犬張子】より

…犬の形姿を模した紙製の置物。古くは御伽犬(おとぎいぬ),宿直犬(とのいいぬ),犬筥(いぬばこ)ともいった。室町時代以降,公家や武家の間では,出産にあたって産室に御伽犬または犬筥といって筥形の張子の犬を置いて,出産の守りとする風があった。はじめは筥形で中に守札などを入れ,顔も小児に似せたものであった。庶民の間には江戸時代後期に普及したらしく,嫁入道具の一つに加えられ,雛壇にも飾られた。犬張子を産の守りとする風は,犬が多産でお産が軽い動物と信じられ,かつ邪霊や魔をはらう呪力があると信じられたからであろう。…

【縄文文化】より

…これが縄文文化の基盤であり,原始的な農耕によって縄文経済が支えられていたとする,いわゆる縄文農耕説は疑問である。
[家畜の飼育]
 早期初頭の神奈川県夏島貝塚からイヌの骨格が発見されており,世界的にも相当古い飼育例となる。さらにイヌの死体も手厚く葬られており,狩猟あるいは愛玩用としての縄文人との緊密な関係がうかがわれる。…

【体温】より

…これには発汗とパンティング(あえぎ呼吸)がある。後者は呼吸気道からの潜熱による放熱を増加する反応であって,鳥類やイヌのように汗腺の発達していない動物にみられる。体温の平均的な値およびその正常な変動の範囲は種によって異なる。…

※「イヌ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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