飯野藩陣屋跡(読み)いいのはんじんやあと

日本歴史地名大系 「飯野藩陣屋跡」の解説

飯野藩陣屋跡
いいのはんじんやあと

[現在地名]富津市下飯野

慶安元年(一六四八)から幕末まで上総国などに所領を有した保科氏の陣屋跡。四万坪の敷地に本丸・二の丸・三の丸の区画を設けていた。飯野陣屋濠跡は県指定史跡。大坂定番であった初代保科正貞の所領は上総周淮すえ(周准郡)望陀もうだ郡、下総香取郡、安房長狭ながさ郡、近江伊香いか郡、摂津豊島てしま郡・河辺かわのべ郡・能勢のせ郡・有馬ありま郡内の一万七千石であったが、寛文元年(一六六一)襲封の正景は養子正英に二千石を分知している。延宝五年(一六七七)大坂定番となり、丹波天田あまた郡内に五千石の加増があり、以後二万石で幕末に至る。この間天明五年(一七八五)望陀郡・長狭郡の領地を上総周淮郡・武射むしや郡に移され、明治元年(一八六八)には周淮・武射・香取の三郡内が上知となり、周淮郡内に替地を与えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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