雨川村(読み)あめがわむら

日本歴史地名大系 「雨川村」の解説

雨川村
あめがわむら

[現在地名]横田町大谷おおたに

大谷村の北に位置し、雨川両岸の狭い谷間に立地する。正保国絵図に村名がみえる。元禄十年出雲国郷帳では高七八石余、寛文四年(一六六四)の本田高七六石余・新田高八斗余。「雲陽大数録」にみえる「南川」六〇石は当村のことか。明治八年(一八七五)大谷村に合併。当地の絲原氏は中世武家の一門で、寛永年間(一六二四―四四)備後から大馬木おおまき村に移住、農林業を営んでいたが、やがて鑪製鉄業を始めた。享保一一年(一七二六)からは松江藩九鉄師の一人として仁多郡内では大馬木村の杠氏、竹崎たけざき村の卜蔵氏、亀嵩かめだけ(現仁多町)の山根氏、上阿井かみあい(現同上)の桜井氏らとともに発展に尽した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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