野兎病(読み)ヤトビョウ(英語表記)Tularemia

デジタル大辞泉 「野兎病」の意味・読み・例文・類語

やと‐びょう〔‐ビヤウ〕【野×兎病】

野兎病菌によりノウサギ・ネズミ・リスなどの間で流行する病気。人間にも感染し、悪寒・発熱・関節痛・嘔吐おうとリンパ節れなどの症状を呈する。大正時代に福島県の内科医の大原八郎が発見し命名。大原病。ツラレミア

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精選版 日本国語大辞典 「野兎病」の意味・読み・例文・類語

やと‐びょう ‥ビャウ【野兎病】

〘名〙 野兎の病原菌が皮膚や口からはいって起こる病気。野兎の皮をはいだり、その肉を食べたりして感染するが、蠅により媒介されることもある。潜伏期は三~四日。発熱と同時に、病原菌の侵入したあたりのリンパ腺が腫れる。ツラレミア、大原病などともいう。

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六訂版 家庭医学大全科 「野兎病」の解説

野兎病
やとびょう
Tularemia
(感染症)

どんな感染症か

 野兎病は、北半球のみに発生する動物由来感染症です。病原菌は野兎病菌で、地リス、ウサギ、ハタネズミキツネ、クマなどの野生動物をはじめ、キジ、ウズラなどの鳥類、ウシ、ヒツジなどの家畜、イヌ、ネコなどのペットに感染します。125種以上の動物種が、この菌の宿主(しゅくしゅ)になるといわれています。ウサギ目、齧歯目(げっしもく)の動物に寄生するダニ、ノミ、カ、アブ、シラミなどにも感染します。

 北米には弱毒型と強毒型があることが知られていますが、日本やスカンジナビアの菌は弱毒タイプといわれています。

 バイオテロで使用される可能性のある菌とされており、感染症法で4類感染症に位置づけられました。

症状の現れ方

 2~10日の潜伏期ののち、発熱、悪寒(おかん)、頭痛、関節痛などの症状で発症します。細菌の侵入部位によって異なる病型を示します。

 西半球では約85%が潰瘍リンパ節型で、リンパ節の腫脹(しゅちょう)(はれ)を伴う局所の壊死性(えしせい)の潰瘍が現れます。この型で、初期病巣が認められないリンパ節型は日本で多くみられます。

 結膜から感染した場合は眼リンパ節型と呼ばれ、まぶたの浮腫(むくみ)ならびに小潰瘍を伴う結膜炎とリンパ節の腫脹が生じます。このほか、リンパ節腫脹を示すものには、鼻リンパ節型と扁桃(へんとう)リンパ節型があります。

 リンパ節腫脹を伴わない肺型はエアロゾル(空気中に浮遊する微小な粒子)感染によるもので、片方あるいは両側の肺炎を起こします。

 汚染されたウサギの肉あるいは水を介して経口的に感染するチフス型はまれですが、診断が難しく、胃腸炎、発熱、毒血症を示し、肺炎症状が現われることもあります。

検査と診断

 確定診断は菌の分離によって、あるいは血清学的に行います。血清診断の場合には、ブルセラ症、エルシニア感染症との交差反応(抗体がそれらとも反応してしまう)があるので注意が必要です。

 病型が多様なので、多くの感染症との区別が必要です。リンパ節型、潰瘍リンパ節型では連鎖球菌(れんさきゅうきん)あるいはブドウ球菌感染、伝染性単核(たんかく)(きゅう)(しょう)トキソプラズマ症鼠径(そけい)リンパ肉芽腫(にくげしゅ)猫ひっかき病パスツレラ症ペストなど、チフス型ではQ熱ブルセラ症マラリアサルモネラ症結核オウム病レジオネラ症、チフスなどとの区別が必要です。

治療の方法

 ストレプトマイシンが第一選択薬で、クロラムフェニコールテトラサイクリンでは、再発しやすいとされています。

病気に気づいたらどうする

 流行地を訪れたあとに該当する症状があれば、動物との接触の有無も含めて、受診時にそのむねを告げる必要があります。

山田 章雄

野兎病
やとびょう
Tularemia
(感染症)

どんな感染症か

 野兎病は野兎病菌という細菌の感染によって起こる急性の熱性疾患です。主に感染した野生のノウサギやネズミなどやその死体に触れたり、解体した時に手指から細菌が侵入して感染します。また、ダニやアブなどに刺されたり、この菌に汚染された水、食べ物、ほこりを飲んだり吸い込んだりしてかかることもあります。

 過去には関東から東北地方で多くの患者報告がありました。まれですが現在もあります。米国やヨーロッパでは毎年多数の感染者が報告されています。

症状の現れ方

 潜伏期間は3~7日がほとんどで突然の発熱、頭痛、悪寒、筋肉痛、関節痛などのかぜ様症状があり、その後、脇の下や肘などのリンパ節がはれる場合が多くあります。また、菌が侵入した指などに潰瘍(かいよう)壊死(えし)が起きることがあります。日本では死亡例はありません。

検査と診断

 山野での活動やノウサギなどの野生動物との接触のあったのちに、発熱やリンパ節のはれなどの症状があった場合には野兎病を疑い、血液中の野兎病菌に対する抗体検査や病巣部からの細菌培養や遺伝子検査が行われます。

治療の方法

 抗生物質が有効で、とくに早期の治療が有効で検査結果を待たずに開始されることがあります。テトラサイクリン剤やフルオロキノロン剤、ストレプトマイシンやゲンタマイシンが有効ですが、ペニシリン系やセフェム系薬剤は無効です。リンパ節が化膿した場合は外科的に切開が必要になることもあります。

病気に気づいたらどうする

 野外での活動ではダニなどに刺されないようにすることや、病気や死亡した野生動物には触れないようにするなどの注意が必要です。野兎病に対するワクチンは日本では使用されていません。

 山野での活動や野生動物との接触があったのち発熱や頭痛、悪寒、リンパ節の腫脹(しゅちょう)(はれ)などが現れた場合にはただちに医師の診察を受けてください。ヒトからヒトへの感染はありません。

棚林 清

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内科学 第10版 「野兎病」の解説

野兎病(Gram 陰性悍菌感染症)

(17)野兎病(tularemia)
定義・概念
 野兎病菌(Francisella tularensis)は人獣共通感染症の病原体で本来は野生の動物の病気であるが,ヒトには野兎病を起こす.本菌はGram陰性の多形性を示す小桿菌で通性細胞内寄生菌である.感染部位の潰瘍性病変と所属部位のリンパ節炎が主たる症状としてみられる.野兎病は感染症法で四類感染症に指定されている.
原因・病因
 野兎病菌を保有している動物としてウサギ,マウスラット,リスなどさまざまな種類の動物があるが,国内では野ウサギが主要な感染源となっている.ヒトは保菌動物との直接接触や調理の際の肉との接触,あるいはマダニやアブなど吸血性の節足動物などを介して感染する場合が多い.ヒトからヒトへの直接の感染は通常みられない.本菌は感染力が強く,過去に生物兵器として開発が進められた経緯があり,バイオテロに使用される可能性も指摘されている.
疫学・統計的事項
 野兎病は,北アメリカや北ヨーロッパに広くみられる.その多くは散発的に発生するが,ときに流行がみられる.
臨床症状
 2〜10日間の潜伏期を経て,悪寒,発熱,頭痛などの感冒様症状を主体に発症する.熱は高熱の場合が多く,筋肉痛や関節痛を伴う.本菌は皮膚および眼,鼻,扁桃などの粘膜に感染し,局所はやがて潰瘍を形成し,所属リンパ節は腫脹し自発痛や圧痛を伴う.ときに肺炎や敗血症を認め,重症例では死亡する例もある.
検査成績
 白血球増加,赤沈亢進,CRPの上昇が認められるが本疾患に特徴的な検査所見はみられない.
診断
 リンパ節の膿汁などを培養して野兎病菌が分離されれば診断が確定するが,一般的な培地には良好な発育を認めない.血清抗体価の測定による血清診断も用いられる.
鑑別診断
 リンパ節腫脹を伴う皮膚感染という点で,一般細菌による化膿性感染や猫ひっかき病その他の疾患と鑑別を要する.
経過・予後
 適切な治療が施されないと症状は継続し,肺炎や敗血症を合併すると予後不良の場合がある.
治療・予防・リハビリテーション
 ストレプトマイシンやドキシサイクリンあるいはキノロン系抗菌薬が有効とされている.野兎病菌はβ-ラクタム系抗菌薬には耐性を示す.腫脹したリンパ節の穿刺排膿も症状の改善に有効である.現在,一般的に利用可能なワクチンはない.[松本哲哉]
■文献
Rowland SS, Walsh SR, et al ed:
Pathogenic and Clinical Microbiology: A Laboratory Manual, Little, Brown and Company, 1994.
吉川泰弘,本間守男,他: 野兎病,日本医師会雑誌, 2002.

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「野兎病」の意味・わかりやすい解説

野兎病
やとびょう

ノウサギあるいはハタリスなどの齧歯(げっし)類の間で流行し、マダニ類などによって媒介され、ヒトには病獣の死体組織や血液に触れることによって感染する人獣共通感染症の一つで、大原(おおはら)病、ツラレミアともよばれる。すなわち、1925年(大正14)福島県の開業医大原八郎が新しい熱性疾患を研究し、ノウサギの死体との接触による感染症と考えて野兎病と命名、その病原菌の分離にも成功して野兎病菌とよんだ。さらに、疫学、病理学、細菌学などの分野からの研究成果もまとめ、30年(昭和5)に大原病としてドイツ語で公表した。一方、アメリカのフランシスE. Francis(1872―1957)は1921年、カリフォルニア州のツレール郡Tulare Countyで同様な疾患を発見、地名にちなんでツラレミアtularemiaと命名、その病原菌も1911年にすでに発見されていたものと同じであることを確認していた。そこで、両者間で研究交流が行われた結果、まったく同一であることがわかった。なお、野兎病菌の学名は現在Francisella tularensisとなっている。アメリカの野兎病菌は毒力が強く、抗生物質使用前の致命率は約7%を占めていたが、日本の野兎病菌は毒力が弱く、予後は良好で死亡することはなかった。

 潜伏期は3~4日で、突然発熱し、頭痛、腰痛、嘔吐(おうと)、下痢などがみられ、以後の経過は侵入部位によっていろいろな病型に分かれる。もっとも多いのはリンパ節型で、普通、上腕や腋窩(えきか)(わきの下)のリンパ節が鶏卵大に腫(は)れて痛み、傷があると膿疱(のうほう)化して潰瘍(かいよう)となる。診断には、いわゆる大原抗原による皮膚反応や血清凝集反応が行われ、免疫蛍光法などによる菌の同定によって確診される。治療としてはストレプトマイシンが著効を示し、テトラサイクリン系抗生物質も併用される。安静と保温、高タンパク・高カロリー食を心がける。表在する小潰瘍性膿疱は外科的に摘除する。

[柳下徳雄]

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改訂新版 世界大百科事典 「野兎病」の意味・わかりやすい解説

野兎病 (やとびょう)

人獣共通伝染病の一つ。北半球の温帯に生息するノウサギや齧歯(げつし)類の間で,マダニやサシバエなどの媒介によって流行しており,人間がこれらの動物に接触することによって感染する。日本では東北地方に多く,病原菌は野兎病菌Francisella tularensis(グラム陰性,多形性菌)で,感染力はきわめて強い。1922年にアメリカのユタ州で発見され〈ツラレミアtularemia〉と名づけられたが,日本でも25年に福島の大原八郎(1882-1943)が独自に研究し〈野兎病〉として報告し,後になって両者が同一の病気であることが明らかになった。報告者の名をとって〈大原病〉ともいう。

 潜伏期は3~4日。頭痛,脱力感,関節痛など風邪のような症状で始まり,高い熱が出てリンパ節がはれる。接触感染のため,ひじや腋窩(えきか)のリンパ節がはれるリンパ節型が85%と多いが,菌が目,鼻,口から入れば,その場所と近くのリンパ節に強い炎症症状がみられ,まれには腸チフスや急性胃炎に似た腹部症状を伴う。診断は,皮膚反応や血清凝集反応が簡単であるが,蛍光抗体法によって菌の存在を証明するのが確実。治療は,ストレプトマイシンが劇的に効くが,テトラサイクリン,マクロライド系薬剤も有効で,内科的治療で治癒する。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「野兎病」の意味・わかりやすい解説

野兎病
やとびょう
tularemia

大原病ともいう。アメリカ,カナダ,旧ソ連,日本などでヒトの感染例が報告されているが,この病気は元来ノウサギ,ネズミ,リスなどに自然感染があり,これらの動物を取扱う人たちに接触感染を起したり,野兎病菌に汚染された水を飲むか,一種のサシバエによっても媒介される。病原体の野兎病菌はきわめて小さなグラム陰性の桿菌である。潜伏期は3~10日で,頭痛,倦怠感,発熱で始り,嘔吐を伴い,皮膚,眼,上気道の潰瘍,全身のリンパ節腫脹を起すことが多い。ヒトからヒトへの感染はない。ノウサギとの接触,リンパ節からの菌の証明,凝集反応などで診断する。治療にはストレプトマイシンが用いられる。

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百科事典マイペディア 「野兎病」の意味・わかりやすい解説

野兎病【やとびょう】

ツラレミアとも。元来ノウサギ,ネズミ,リスなどの野兎病菌による病気で,ノウサギなどを扱う人間にうつることがある。頭痛,発熱で始まり,リンパ節を冒されることが多い。抗生物質が有効。
→関連項目細菌兵器

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栄養・生化学辞典 「野兎病」の解説

野兎病

 大原病ともいう.昆虫に噛まれることによって[Francisella tularensis]という細菌が感染して発症する疾病で,発熱する.ヒト,げっ歯類,ウサギ,ペットなどにみられる.

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世界大百科事典(旧版)内の野兎病の言及

【風土病】より

…ある疾患が一定の地域に持続的に多発する場合,このような疾患を風土病または地方病と呼ぶ。風土病には,その地域の地理,気候,生物相,土壌などの自然環境と,住民の衣食住の様式や習慣,因習および栄養障害の有無など種々の要因が関係している。熱帯地方に風土病的にみられる疾病は,一括して熱帯病と呼ばれることがある。現在では,かつて世界各地にみられた風土病は,住民の生活水準の向上や環境衛生の向上によってだんだんと消滅する方向にあり,風土病の分布状態も時代とともに変遷している。…

※「野兎病」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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