西端村(読み)にしばたむら

日本歴史地名大系 「西端村」の解説

西端村
にしばたむら

[現在地名]碧南市油淵あぶらがふち町・白沢しろさわ町・札木ふだき町・三度山さんどやま町・坂口さかぐち町・かみ町・吹上ふきあげ町・湖西こさい町・長田おさだ町・神田かんだ町・洲先すさき町・半崎はんざき町・平山ひらやま

長田川と稗田ひえだ川とに限られた台地にある。北は榎前えのきまえ村・高棚たかたな(現安城市)高取たかとり(現高浜市)に接し、東は榎前村に隣し、また長田川をもって東端ひがしばた(現安城市)と境し、南は油ヶ淵をもって鷲塚わしづか村に対し、また大浜おおはま村に隣する。西は高浜たかはま(現高浜市)と隣する。弥生時代から辺縁集落をなし、古代は幡豆はず郡に属し、志貴しき庄の中にあったが、慶長一〇年(一六〇五)矢作川の本流が変わって以来碧海へきかい郡に属し、古くは西畠にしばた村と称した。寛元四年(一二四六)頃、大部分の村民が熊野修験道の影響下にあり(黄葉記)、応永一六年(一四〇九)の「熊野道者日記」(大乗院記録)に「浦にしはた」とある。

西端村
にしばたむら

[現在地名]南知多町内海うつみ

内海川河口の西岸に開け、南は伊勢湾、西は吹越ふつこし村、北は岡部おかべ村に接する。

「寛文覚書」によれば、概高六石余で屋敷地二反八畝余、戸数九四、人口五六六。将軍上洛・朝鮮使節通行の時船並びに水主人足を出すとある。「徇行記」によれば「内海川落口ニ民家連リ旧キ湊ナリ、サレハ往古ヨリ戸口多ク悉ク漕賈漁事ヲ以テ生産トス、富有ノ者モアリテ村中瓦屋建ナラヒ村立ヨキ所ナリ、少高ノ部落ナレハ皆地子ニテ至テ家繁キ所ナリ」といい、船持は四〇戸ほどあり、大船四艘、一〇〇石以上のいさば船三〇艘、小船二一艘があり、漁家が六戸ある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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