行幸田山遺跡(読み)みゆきだやまいせき

日本歴史地名大系 「行幸田山遺跡」の解説

行幸田山遺跡
みゆきだやまいせき

[現在地名]渋川市行幸田 三重街道

榛名はるな山の東に広がる標高二六〇―二八〇メートルの舌状台地に立地する。昭和五七年(一九八二)に発掘調査が実施され、縄文時代から中世に至る複合遺跡であることが判明した。縄文中期の加曾利E式集落跡は台地の奥から先端部にかけて分布するが、とくに先端部の狭い場所に密集する。古墳群は台地先端部にあり、古墳前期初頭の方墳と円墳で数世代の変遷がたどれる好資料である。また隣接する台地では製内行花文鏡を出土した土壙、方形周溝墓および戦国時代の砦跡を検出した。縄文中期の集落は当地区を代表するものであるが、同時期に利根川対岸にある赤城山西麓勢多せた赤城あかぎ村の三原田みはらだ遺跡との類似性が指摘されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報