職場ストレス(読み)しょくばストレス(英語表記)work stress

最新 心理学事典 「職場ストレス」の解説

しょくばストレス
職場ストレス
work stress

組織職場におけるストレスstressは,職場ストレスのほかにも,組織ストレスorganizational stress,職務ストレスjob stress,職業上のストレスoccupational stressなどさまざまな用語が用いられており,その概念上の区別ははっきりしていない。ここでは,総じて職場において生じるストレスを考える。

【職場ストレスの発生】 職場ストレスの発生のメカニズムはストレスモデルで説明される。代表的なモデルとして,クーパーCooper,C.L.とマーシャルMarshall,J.の組織ストレスモデルがある。ストレスを生じさせる原因となるものをストレッサーとよぶが,このモデルは組織内におけるストレッサーとして,①職務に本質的なもの,②組織の役割,③キャリア発達,④仕事による人間関係,⑤組織構造や風土の五つを挙げている。これらのストレッサーにより,血圧・コレステロール値・心拍数の上昇,うつ気分,現実逃避的な飲酒,職務不満足,望みを捨てるなどの職業上の不健康や,さらに冠状心臓疾患,精神的不健康が引き起こされるが,その程度は個人の不安のレベル,神経質さ,曖昧性への耐性,タイプA行動パターンなどによって異なるとされる。

 これに対し,金井篤子(2000)は,個人がキャリアを展開する際に生じるストレスをキャリア・ストレスcareer stressと名づけ,個人のキャリア開発志向に注目して構成したキャリア・ストレス・モデルを考案している。キャリア・ストレスには,先行要件として,個人のキャリア開発志向と家庭志向および職場のキャリア開発圧力と家庭からの要求があり,これらが適合的であれば,個人には挑戦や意欲,スキルの獲得などのポジティブな結果が期待され,不適合であれば,抑うつ,過労死などのネガティブな職場ストレス結果が引き起こされる。クーパーらはキャリア開発に関するストレッサーをほかの職場ストレッサーと同列に並べているが,金井はこの二つを上下2段構造ととらえ,キャリア・ストレッサーが他の職場ストレッサーよりも一次的に働くと述べている。

 職場ストレスの結果としてよく知られているものには,VDT症候群visual display terminals syndrome,燃え尽き症候群burnout syndrome,過労死karo-shiなどがある。燃え尽き症候群はバーンアウトともよばれる。医師,看護師,ソーシャル・ワーカー,教師など,対人専門職に特徴的な症候群で,長期間にわたり人に援助する過程で,心的エネルギーが絶えず過度に要求された結果,極度の心身の疲労と感情の枯渇を主とする症候群であり,自己卑下,仕事嫌悪,思いやりの喪失を伴う(Maslach,C.,1976)。以上のように,職場ストレスの問題は,働く者の身体的健康のみならず,メンタルヘルスmental health(精神的健康)を脅かす点にある。従業員のメンタルヘルスや身体的健康を総合的に支える試みの一つとして,近年では従業員支援計画employee assistance program(EAP)が注目される。ルイスLewis,J.A.とルイスLewis,M.D.(1986)によれば,EAPとは,企業に働く従業員の精神的,身体的健康に焦点を当て,直接・間接に生産性に影響を与える諸問題を解決しようとするプログラムである。たとえば,従業員が自らの健康や結婚生活や家族の問題,経済的問題,アルコール・薬物などの嗜癖,法的な問題や情緒的問題など,組織内外にかかわらず仕事上の生産性に影響を与えうる問題を発見し,それを解決に導く専門的支援が行なわれる。

【職場いじめworkplace bullying】 職場ストレスの原因として,近年注目されているのは,セクシュアル・ハラスメントsexual harassment(セクハラ)やパワー・ハラスメントpower harassment(パワハラ)といった,職場いじめの問題である。セクシュアル・ハラスメントという事象は昔から存在したが,概念化されたのはそれほど古いことではなく,1970年代に入ってからである。1980年にアメリカの雇用機会平等委員会U.S.Equal Employment Opportunity Commission(EEOC)は「望まない性的誘い,性的合意の強要,そのほか,ことばや身体による性的性質を帯びた行為」と定義している。フイッツジェラルドら(Fitzgerald,L.F.,Gelfand,M.J.,& Dreagow,F.,1995)は,女(男)のくせにとか,女(男)みたいなといった伝統的性役割観に基づく性のステレオタイプを強調した侮辱や敵意,性差別的発言や露骨な性に関する表現などを指すジェンダー・ハラスメントgender harassment,性的な事柄について尋ねたり,望まないのにしつこくデートや飲食に誘うなどの,望まない性的注目unwanted sexual attention,職務上の見返りを示して性的行為を要求する性的強制sexual coercionの三つに分類している。パワー・ハラスメントは和製英語で,1990年代の経済状況の悪化に伴い,雇用状況や職場環境が変化し,職場において,職権などの権力(パワー)を背景としたひどいいじめや嫌がらせ,暴行などが認識されるようになり,それらを指して2000年代初めごろから使われるようになった。同様の概念は海外にもあり,職場いじめ,職場いびりworkplace mobbing,モラル・ハラスメントmoral harassmentなどが使われている。こういった職場におけるいじめなどからうつ症状を発症したり,自殺に追い込まれるケースが出てきたことにかんがみ,2009年厚生労働省は労災認定の基準である「職場における心理的負荷評価表」に「ひどい嫌がらせ,いじめ,または暴行を受けた」という項目を追加している。

男女共同参画】 前述のセクシュアル・ハラスメントもその一つであるが,男性原理の強い職場では,女性が働くことを阻害する要因が数多くあり,それらが働く女性の職場ストレスとなっていることは無視できない。男女共同参画がうたわれる現代,こういった状況を改善するべく,1999年の男女雇用機会均等法(通称)の改正,1999年の男女共同参画社会基本法の公布・施行,2002年の育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の改正などが実施されてきた。これらは必ずしも女性のみを対象とするものではないが,女性の就業継続支援のための重要な施策として位置づけられている。金井らは女性特有の職場ストレッサーとして,職場の女性差別的環境,および仕事と家庭の両立葛藤work family conflictの二つを指摘している。差別的環境を改善する施策としては,ポジティブ・アクションpositive action(積極的是正措置)などがあり,両立を支援する試みとしては,ワーク・ライフ・バランスwork-life balanceが推進されている。2007年に内閣府は,ワーク・ライフ・バランスを「老若男女誰もが,仕事,家庭生活,地域生活,個人の自己啓発など,様々な活動について,自らが希望するバランスで展開できる状態」と定義している。具体的な施策には,出産休暇,育児休暇などの休暇制度や,事業所内保育所,フレックス・タイム,ジョブ・シェアリング,テレコミューティング(自宅やサテライトオフィスでの勤務),育児補助金,EAPなどがある。 →組織倫理
〔金井 篤子〕

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