田村第(読み)たむらのだい

改訂新版 世界大百科事典 「田村第」の意味・わかりやすい解説

田村第 (たむらのだい)

奈良後期の藤原仲麻呂の私邸。752年(天平勝宝4)4月東大寺大仏開眼の儀の帰途孝謙天皇がここを御在所としたのが初見(《続日本紀》)。その後,仲麻呂は大炊王皇太子に擁立し,亡男真従(まより)の妻粟田諸姉をめあわせ,邸内に住まわせたので,田村宮とも称された。恵美押勝の乱後における田村第については,光仁天皇が田村旧宮で酒宴を催したこと,桓武天皇が時の右大臣藤原是公(仲麻呂の甥)の田村第に行幸したことが《続日本紀》にみえる。平城京内田村里にあり,楊梅宮(やまもものみや)の南に位置し,東西に楼を構え,南面の門は櫓とするなど皇居に劣らぬ豪壮な邸宅であったことが文献に伝えられているが,さらに902年(延喜2)12月28日付の太政官符案(猪熊信男氏所蔵文書)や〈田村川〉の地名遺存などから,佐保川にそう左京4条2坊の東半部を占めていたらしいことが推測されたが,その一部が発掘調査され,かなり大規模な建物も検出されている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報