日本歴史地名大系 「片庭町」の解説 片庭町かたにわちよう 島根県:浜田市浜田城下片庭町[現在地名]浜田市片庭町・錦町(にしきまち)・栄町(さかえまち)・高田町(たかだちよう)浜田八町の一つで、新(しん)町の西に続く。西は原井(はらい)村に接する。浜田川の両岸に沿う広い土手のうち右岸を内片庭(うちかたにわ)といい、郭内に含まれていた。左岸のほうを外片庭(そとかたにわ)といい、当町は外片庭にあたる。東西九八間、道幅二・五間の道が通じ、東西入口には石橋が架かっていた。町西部には船手組屋敷のある横小路(よこしようじ)や水主(かこ)町があり、水主町の北入口には片庭番所もあった。水主町の東側には鳥見屋敷・御買上屋敷があり、御持筒屋敷として使用されていた。西側は町屋敷で、土取場(つちとりば)町という小町もあった(天明元年「浜田町浦小路竪横間数改帳」浜田市立図書館蔵)。文化五―六年(一八〇八―〇九)浜田に在勤していた梅田氏が写した浜田御城下絵図(埼玉県川越市梅田家蔵)には、片庭町の西に続いて本鷹部屋・笹屋(ささや)町という家中屋敷が記される。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報