為替理論(読み)かわせりろん

改訂新版 世界大百科事典 「為替理論」の意味・わかりやすい解説

為替理論 (かわせりろん)

為替理論(外国為替理論)の課題は,為替相場の決定とその変動のメカニズムを解明することである。自由変動為替相場制もとでは,外国為替市場の需要と供給を均衡させるように為替相場が決定され,需要あるいは供給の状態が変化するとき,為替相場は変動する。外国為替(たとえばドル)に対する需要・供給について考えるとき,それらを一定期間あたりのフロー量として考えるか,一時点のストック量として考えるかを区別することが重要である。前者はフロー・アプローチと呼ばれ,とくに国際収支というフロー変数を問題にするため国際収支説とも呼ばれる。また,後者のストック・アプローチは,外国通貨建ておよび自国通貨建ての金融資産の取引に注目するため資産市場アプローチと呼ばれる。

伝統的な為替相場決定理論は,この国際収支説である。フローとしての外国為替に対する需要の構成要素を大きく分けると,以下の三つに分類される。(1)外国から購入した財貨・サービスへの代金の支払,(2)外国への贈与あるいは政府による対外援助,(3)対外貸付けあるいは外国証券の購入,である。ここで,(1)(2)は国際収支表の経常勘定における支払項目に対応し,(3)は資本勘定における支払項目に対応している(〈国際収支〉の項目を参照)。また外国為替の供給は,(1)外国へ輸出した財貨・サービスの対価として受け取った外国為替,(2)海外からの送金,(3)対外借入れあるいは外国への証券の売却,からなる。

 さて,輸出入および対外貸借は,為替相場のみならず,国民所得や内外利子率にも依存する。したがって,一般的な方法で為替相場の決定を論ずるためには,これらを同時に決定する一般均衡論的な手法を用いなければならない。しかし,ここでは簡単化のために国民所得および内外利子率は一定であるとし,さらに外国為替の需給は輸出入のみからなるとしよう。その場合,外国為替市場で需給均衡が達成されるのは輸出金額と輸入金額が等しいときである。そのような水準に為替相場が決定される。

 次に,外国為替市場が不均衡であったとき,為替相場が均衡を回復するように変化するか,あるいは均衡から遠ざかるように変化するか,という安定性の問題について考えてみよう(このことは見方を変えれば,為替相場の変化が貿易収支を均衡させるかどうかの検討とみることもできる)。かりに,外国為替の需要が供給を上まわった場合,外国為替の価格は上昇するであろう。これが輸入品の自国通貨建価格を上昇させるため,輸入数量は減少し,外国為替に対する需要も減少するであろう。しかし,外国為替の供給に対する効果は,より複雑である。というのは,この場合,自国の輸出財のドル建価格が下落することにより外国への輸出量は増加することが期待できるが,ドル建ての輸出額=(輸出数量)×(ドル建ての輸出価格)は増加するかどうかわからないからである。厳密にいうと,これが増加するためには輸出すなわち外国の輸入の弾力性が1より大でなければならない。ただし,均衡が安定的であるためには,外国為替の価格が上昇するときに,その超過需要が減少すればよいから,自国の輸入需要の弾力性と外国の輸入需要の弾力性の和が1以上であればよい。この条件をマーシャル=ラーナーの条件という。

 以上のように分析を貿易収支に集中したことや,これが国際収支の最大の項目であったことなどから,フロー・アプローチのもとで,為替相場が自由に変動すれば貿易収支を均衡させることができるという通俗的見解が広まった。この考えが正しくないことは,国際収支には資本取引も含まれていることから当然であろう。実際,国際貸借説という,内容的には国際収支説と同様の為替相場決定論を唱えたゴッシェンGeorge Joachim Goschen(1831-1907)は,正しく資本取引をも含めて考えていたのである。

 しかし,このフロー・アプローチは,外国為替市場のような,よく組織された市場における資本取引を取り扱うための理論的枠組みとしては不適切であることや,1973年以後の世界的な変動相場制採用の経験に基づく事実をうまく説明できないことなどから,次に述べる資産市場アプローチが登場してきた。

資産市場アプローチ(アセット・アプローチ)では,外貨ストックの需給に着目する。そして,外国為替市場では自国通貨建資産と外国通貨建資産の相対価格としての為替相場が外貨ストックの需給を均衡させるように決定されると考える。

 各国の金融機関,商社あるいは貿易関連企業などは巨額の外貨ストックを保有しているが,このストック需要は,所得,利子率,為替相場,および為替相場の予想などの経済変数に影響され,これらの変数(とくにその予想)が変化すれば外貨ストック需要も変化する。フロー・アプローチというのは,この変化に対して,限界的ないし追加的なフロー量を調整することにより,最適なストック量を実現するという行動様式を前提としている。しかし,近年の国際金融市場のように比較的安価な取引費用で取引ができるとすれば,ストック・ポジションを限界的にではなく,総体的に瞬時に調整して最適なストック量を実現すると考えるほうが現実的である。そこで,市場均衡として,株式市場のような典型的な資産市場と同様に,外貨ストック市場の均衡を考えるようになった。この資産市場アプローチの立場にたてば,時々刻々入る新しい情報が予想を通して外貨ストック需要を大きく変化させ,為替相場をランダムにかつ大幅に変化させることや,また当然,経常収支は均衡しないことなどの変動相場制の経験則がうまく説明できるのである。フランスの経済学者アフタリオンAlbert Aftalion(1874-1934)の為替心理説は,為替相場の変動要因として取引当事者の心理状態,とくに予想を重視しているが,この考えは上記の資産市場アプローチに包摂されているとみることができる。

以上の二つが自己完結的な為替相場理論である。これらの理論に基づいて将来の為替相場の予測を行うとすれば,どちらの場合も外貨に対する需要・供給関数の推定からはじめなければならない。この作業は,かなりの単純化の仮定をおいても一般に困難である。そこで,きわめて簡便に均衡為替相場を推定できる方法として購買力平価説がある。これはK.G.カッセルによって主張されたもので,外国為替市場を均衡させる為替相場は両国の物価水準の比によって定まるというものである。これを購買力平価という。そして,現実の為替相場は,この購買力平価に向かう傾向があるため,これを為替相場の予測値として使うのである。ただし,この購買力平価説には,どのような物価指数を使えばよいかという点以外にも多くの理論的難点があり,第1次近似としての意味しかもちえない。

 さて,以上に述べてきたことはすべて自由変動相場制を前提としていた。しかし,他の為替相場制のもとでも為替相場が基本的に需給の力によって変動することは変わらない。ただ,金本位制のもとでは二つの金現送点によって,また管理為替相場制のもとでは通貨当局の市場介入によって,変動幅が制約されるのである。
為替相場
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