湯の口溜池(読み)ゆのくちためいけ

日本歴史地名大系 「湯の口溜池」の解説

湯の口溜池
ゆのくちためいけ

[現在地名]山鹿市蒲生 湯の口

日の岡ひのおか山南麓に位置する周囲約四キロの溜池。蒲生かもうの堤ともいう。嘉永六年(一八五三)七月、中村手永惣庄屋となった遠山弥次郎は、蒲生地方の水田の旱魃状態・用水欠乏を踏査し、これを救済するため、かつて加藤清正が溜池地として見立てた湯之口の萱原野に溜池を構築する計画を立て、安政二年(一八五五)に工事に着手。日の岡山裾と御宇田みうた台地崖に挟まれた一大窪地の最狭隘部に南北の堤を築き、さらに同所東部を南下する内田うちだ川に長谷川はせがわ磧を設け、三ヵ所に掘貫隧道で水を導いたが、その全長は一千六八〇間に及んだ。工事費は当時の寸志金払下げを願出、中村手永に限り新たに進席寸志・継目寸志・傘寸志の御下渡を許可され、里民には一切入費支出や、公役などの負担を課せられなかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報