渾大防 益三郎(読み)コンダイボウ マスサブロウ

20世紀日本人名事典 「渾大防 益三郎」の解説

渾大防 益三郎
コンダイボウ マスサブロウ

明治期の実業家,政治家 岡山県蚕糸同業組合長;鴻村長。



生年
天保13年5月17日(1842年)

没年
大正3(1914)年2月17日

出生地
備前国児島郡下村(岡山県倉敷市)

旧姓(旧名)
高田

経歴
幼時より儒学者広瀬淡窓に師事。父の死後、兄・埃二とともに家業である塩業を営んだ。瀬戸内海の塩業者で組織された十州同盟に属し、その代表として塩業調査のため清国へ渡るなど、徐々に同盟内での発言力を増した。明治12年第一回岡山県会議員選挙に当選し、約1年のあいだ県政に参与。13年には政府から払い下げられた紡績機を基にして下村紡績所を設立し、次いで児島蚕業株式会社長・岡山権蚕糸同業組合長などを歴任。さらに21年には児島養貝社を興し、瀬戸内海における養殖業の先覚者となった。22年市町村制の発布に伴い、鴻村長に就任。29年には鴻村銀行を創業し、その頭取として地域企業の起業や経営を助け、児島地方の経済・産業の発展に大きく貢献した。しかし、36年に同銀行が倒産し、その後の事業は振るわなかった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報