清水六兵衛(4代)(読み)きよみず・ろくべえ

朝日日本歴史人物事典 「清水六兵衛(4代)」の解説

清水六兵衛(4代)

没年:大正9(1920)
生年嘉永1(1848)
明治期京焼の陶芸家。3代清水六兵衛の長男として京都に生まれ,名は正次郎。絵画塩川文麟に学び,祥麟と号した。明治16(1883)年3代六兵衛の死とともに4代を襲名。17年京都博覧会で銅牌を受賞。京都陶磁器品評会の審査員となる。36年,初代宮永東山,初代伊東陶山,浅井忠らと共に陶器研究団体「遊陶園」を結成,幹事を務める。40年には図案家の神坂雪佳らと共に佳美会を結成。大正2(1913)年隠居し,六居と号した。富岡鉄斎,幸野楳嶺らと親交があり,3代の豪快な作風に較べ,文人肌で温和な性格が作風にあらわれ,土物を多く残す。

(伊藤嘉章)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「清水六兵衛(4代)」の解説

清水六兵衛(4代) きよみず-ろくべえ

1848-1920 明治時代陶工
嘉永(かえい)元年生まれ。3代清水六兵衛の長男。明治16年家業の京都清水焼をつぐ。17年京都博覧会で銅牌をうける。36年宮永東山らと遊陶園を,40年神坂雪佳(かみさか-せっか)らと佳美(かつみ)会を結成,京焼の再興につくした。大正9年11月死去。73歳。幼名は正次郎。号は祥麟,六居。

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