武士山新田(読み)むしやましんでん

日本歴史地名大系 「武士山新田」の解説

武士山新田
むしやましんでん

[現在地名]吉川町新田につた

野呂谷のろだに新田村の西、北谷きただに川最上流の丘陵地にある。武士山はもともと熊谷くまだに村・西浦にしうら村・脇田わきだ村・山崎やまざき村・吉田よしだ村・みや村・上中かみなか村の七ヵ村立会山であった。宝永二年(一七〇五)市野瀬いちのせ村五兵衛と江戸の商人が三ヵ年間七貫ずつ上納して材木を伐り、その後の開発を願出て許された(「口上書」森下家文書)。五兵衛らは木材を伐採したが、鍬を入れなかったので代官所から叱責された。享保四年(一七一九)大坂の天王寺屋庄兵衛が開発を願出て着手、同八年に完成した。同一二年の検地で高一九二石余が幕府領へ組入れられた。地目はすべて下畑。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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