次郎鉱山跡(読み)じろうこうざんあと

日本歴史地名大系 「次郎鉱山跡」の解説

次郎鉱山跡
じろうこうざんあと

[現在地名]神山町神領

鮎喰あくい川の支流上角谷うえつのだに川沿いの大久保おおくぼにあった銅山。安政四年(一八五七)御尋ニ付申伝之手運申上書写(岸家文書)や神領村次郎銅山御取立諸筆記写(同文書)によれば、延宝年間(一六七三―八一)大坂豪商である奈良屋吉兵衛と備前屋次郎右衛門によって開発された。その後、開発主は頻繁に変わった。貞享三年(一六八六)には二〇分の一と定められた御口銀を一〇分の一も上納するほど賑いをみせたという。しかし元禄六年(一六九三)に蔵米二千石の使途をめぐって不正事件が発生し、代官河野伝左衛門・神領村組頭庄屋上野長左衛門父子らが死罪のほか、多くの関係者が磔・追放闕所閉門などの処分を受けた(「岸新左衛門御答書」同文書、「名西郡志」)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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