承元寺村(読み)しようげんじむら

日本歴史地名大系 「承元寺村」の解説

承元寺村
しようげんじむら

[現在地名]清水市承元寺町

さつた村の北、興津おきつ川中流左岸に位置し、北は立花たちばな村、東は寺尾てらお(現由比町)など、西は興津川を隔てて小島おじま村など。村名は地内にある古刹承元寺(現臨済宗妙心寺派)にちなむ。天正一八年(一五九〇)一二月一二日の長沢秀綱手形(清見寺文書)によると、「正源寺山」が清見寺領として認められている。以後同寺領として幕末まで続く。天正一八年の検地帳写(清見寺文書)によれば高九三石余で、名請人数四六(うち屋敷持一二)、慶長四年(一五九九)の検地帳写(同文書)では高一四九石余、名請人数四二人(うち屋敷持一九)であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報