恒屋村(読み)つねやむら

日本歴史地名大系 「恒屋村」の解説

恒屋村
つねやむら

[現在地名]香寺町恒屋

中寺なかでら村の西に位置し、恒屋川上流域に立地する。北はなか村。慶長国絵図に常屋村とみえ、「寛文朱印留」には経屋村と記される。正保郷帳では田方八二九石余・畑方一八三石余、「旱損所・芝山有・新田有」と注記される。元禄郷帳では高七〇三石余と減少しており、これ以前に中村を分村している。正徳六年(一七一六)当村はさらに二村に分村して南恒屋村と北恒屋村が成立した(神崎郡誌)。寛延四年(一七五一)の酒井忠恭領知目録(酒井家史料)に南恒屋村・北恒屋村がみえる。天保郷帳では南恒屋村は高三二九石余。北恒屋村は高六三五石余で、「南恒屋村之内」と注記される。寛延二年の姫路藩領一揆では当村百姓藤次郎(藤四郎)は同年二月に召捕られ(「寛延一揆姫路藩記録」前橋市立図書館蔵松平家文書)、翌年過料もしくは無高者は三〇日手鎖の刑に処せられている(「寛延一揆罪科人仕置書」九州大学法学部蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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