思想善導(読み)しそうぜんどう

改訂新版 世界大百科事典 「思想善導」の意味・わかりやすい解説

思想善導 (しそうぜんどう)

国家が国民の間から反体制思想を排除し,正統思想を注入しようとする思想統制政策。正統思想が善であるという国家の立場から,国民の思想を〈善導する〉という表現が用いられる。思想教化と同類語。〈忠君愛国〉を正統思想とした戦前日本の天皇制国家は第1次世界大戦以降,社会に個人主義,自由主義風潮が普及し民主主義,社会主義,共産主義の思想が知識人や学生に影響力をもちはじめると,これら天皇制イデオロギーとは異質の思想を〈悪思想〉とよび,その抑止,排撃のため〈赤化防止〉〈左傾化防止〉のスローガンと呼応して思想善導を社会教育,学校教育の重要な柱とするようになった。1923年11月の国民精神作興詔書発布を出発点に,政府は思想善導政策を具体化し,24年から教化団体,宗教団体,青年団,在郷軍人会などを動員して,国家主義の普及を目的とした講演会や地方中堅幹部を対象とする講習会を開催していった。とくに蓮沼門三が指導した修養団は全国に活発な活動を展開した。また25年4月からは中学校以上の学校に現役将校を配属した軍事教練を,26年7月からは市町村に青年訓練所を設置して軍事教練と修身教育を実施したが,これも青年学生に対するマルクス主義の防止と国体観念の養成を目的とするものであった。そして思想善導政策は28年の三・一五事件を契機にいっそう重視され,各学校に学生主事生徒主事がおかれ,思想善導費が配分された。さらに30年代にはいると,31年に学生思想問題調査委員会が文部省にでき,32年8月の国民精神文化研究所の設立(各府県に国民精神講習所が設置され,とくに転向者の思想善導に努めた)と35年11月の教学刷新評議会の設置とによって,国体観念と日本精神による学問と教育全体の画一的統制を目ざすものへと強化され,戦時中の軍国主義教育やファッショ的な思想統制政策へと発展していった。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「思想善導」の意味・わかりやすい解説

思想善導
しそうぜんどう

第1次世界大戦後の大正デモクラシーの高揚期に,ようやく息吹いてきた自由主義,個人主義的な風潮や,知識人,学生の間に急速に浸透したマルキシズムなどの社会主義思想や,資本主義的発展に伴って社会に瀰漫 (びまん) した物質主義,金銭万能主義思想などを行過ぎた欧化思想として排撃し,伝統的な日本精神への復帰を目指す社会教育的,社会教化的国民思想対策ないしはそのスローガン。国体観念の徹底と国民思想の鼓吹をはかり,のちの国体明徴運動への道を開いた。

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世界大百科事典(旧版)内の思想善導の言及

【学連事件】より

…判決に検事側は控訴したが,裁判中の28年3月15日に共産党検挙事件(三・一五事件)があると,関係ありと目された被告には懲役7年から3年の判決が下された。すでに24年秋の高校校長会議は社会科学研究会の解散を決定していたが,学連事件後は,東大新人会や各大学の社会科学研究団体を非合法化し,文部省は〈思想善導〉のための部局を整備して学生運動を弾圧した。学連は事件を学問の自由に対する弾圧だとして,抗議,請願,犠牲者救援運動に立ち上がり,学生自由擁護同盟を組織して早大の大山郁夫教授留任運動はじめ個別的問題をも闘った。…

※「思想善導」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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