心理学方法論(読み)しんりがくほうほうろん(英語表記)methodology of psychology

最新 心理学事典 「心理学方法論」の解説

しんりがくほうほうろん
心理学方法論
methodology of psychology

心理学の諸分野を研究するための方法論を指す。

【仮説演繹法hypothetico-deductive method】 仮説の真偽をデータによって確かめることは,大きく分ければ演繹ではなく,帰納プロセスである。論理的な命題の演繹では,新しいことは何も生じない。それにもかかわらず,心理学の方法論の主流として仮説演繹法の名前が挙がるのは,研究仮説を観察されるデータによって検証する形に翻案されるときに,演繹的方法が使われるからである。演繹法は,理論から仮説を生じる場合や,データによる検証以前に論理的検討によって仮説の真偽を議論するような場合にも使われる。なお,データによる検証には,反証のみが可能であるという議論がある(ポッパーの反証可能性)。しかし,反証したという主張も完全ではなく,データの揺らぎがある場合や,見落としていた補助的仮説やデータがあれば,一見反証とみなされることも,実は反証ではなかった問いということになり,実際そういう例も多い。また,一方では仮説と適合するデータを見いだせば,その仮説の信憑性は高まる。もっとも,一般的にはデータの確証する度合いは,反証の度合いほど強くはない。また,理論から仮説を生じる場合や,仮説から検証可能な予測を導く場合も,完全な演繹ではなく,確率論的な考え方が必要である。

 典型的な心理学の研究では,次のようなプロセスを経ることが多い。まず,どのような心理学的問題について研究し,答えを得たいかを定める。この問題に関心をもつのは,真偽が不明であり,かつ重要な研究仮説が存在するからである。この研究仮説の真偽をデータによって確かめるためには,測定可能なデータに関連づけられる概念によって仮説が記述されなければならない。さらに,この仮説の真偽を統計的検定によって確かめようとする場合,この研究仮説は,帰無仮説や対立仮説などの統計的検定の枠組みに適合する統計的仮説に翻案される。ただし,この仮説の真偽は統計的分析だけではなく,この仮説を含む理論によって検討される。理論とは,仮説や法則がネットワークのように構造化されたシステムであり,そのほかの仮説や法則の信憑性と関連の強さによって,この仮説の真偽判断はより確固としたものになる。データによる統計的検証と理論的検討は有機的に連関していなければならない。研究に使われるデータは,関心をもつ研究者が取得可能である必要がある。これを再現可能という。再現可能性は研究の客観性を保証するために必要である。

実験法experimental method】 仮説の真偽を確かめる方法は大きく分けて二つある。一つは実験法であり,もう一つは観察法observation methodである。実験experimentとは,人為的に条件の差を作り,その条件の差が実験対象(実験参加者,実験動物,組織など)に違いを生じさせるかどうかを見る。たとえば,錯視図形を2種類作り,錯視量に差があるかどうかを問う。この条件の違いの効果に差があるかどうかが,研究仮説の真偽の鍵となっていることが重要である。実験条件の違いを示す変数を独立変数independent variable,実験の結果を反映する変数を従属変数dependent variableということが多い。従属変数に与える影響が独立変数の違いだけであり,従属変数のばらつきの残りの部分は無作為に変動するものとするためには,実験対象者は実験条件のそれぞれに無作為に配分されなければならない。実験法によって因果的な関係があるかどうかは,分散分析などの統計的検定の方法によって確かめられる。

【準実験quasi-experiment】 実験の基本は,無作為化randomizationである。しかし,心理学に関する実験では,現実の制約のために,あるいは倫理的理由によって,無作為に被験者実験群や統制群に割り当てることができない場合が多い。仮にできたとしても,無作為割当があまりに不自然で,実感の結果にバイアスを与えるような場合には,無作為割当をあきらめる場合もある。このような状況において,処遇や統制群への割当が無作為化によらない場合,研究仮説に含まれる因果関係を明らかにするための実験の計画を,準実験と呼ぶ。もっとも単純な実験計画法においては,実験の事前と事後において基準になる変数を観測し,事後の観測値と事前の観測値の差が同じであるかどうかを検証する方法である。ただし,この単純な実験計画法が意味をもつのは,事前テストと事後の結果との差異のもつ意味が,研究仮説の真偽を確かめる文脈において正当化される場合のみである。たとえば,事前テストの実施の結果を記憶しておくことが,事後テストの成績を上げたり,事前テストの実施そのものが,やる気を高めるなどの影響を与える場合には,教育や訓練の効果を確かめる研究としては不適切である。準実験の場合に,正しく因果関係を見いだそうとする努力は,事前テストが同じであれば,事後の観測値に統計的な差があるかどうかを見いだすことである。また,事前の情報は,基準となる変数の観測値だけではなく,基準変数に影響を与えると考えられる重要な要因について,事前に観測しておくことが重要である。可能であれば,その事前の観測値(共変量または共変数)によって,いくつかの実験群や統制群への割当を計画し,実施するのが理想的である。しかし,現実には,そのような情報すらない場合が多い。その場合には,各実験群への割当について,統計モデルを作り,実験の差を示すパラメータとともに,この割当メカニズムを示すパラメータを推定することになる。共分散分析やプロペンシティスコア(傾向スコア)による調整は,その方法の一部である。

【観察法observational method】 人為的な条件設定をせず,自然にあるがままの状態を観察し,記録する方法である。この場合,関心の対象となっている変数を基準変数criterion variableとよぶ。この変数は実験法における独立変数に対応するが,人為的にその値を操作しない場合は,基準変数とよばれることが多い。基準変数に影響を与える変数は数多いと考えられ,それを理論的考察によって整理し,いくつかの変数を選んで説明変数explanatory variableとする。基準変数は,説明変数によって説明されるという意味で,被説明変数dependent variableとよばれることもある。基準変数や説明変数が,名義尺度,順位尺度,間隔尺度,比尺度(比率尺度)のいずれであるかによって,適切な関連の指標も変わる。たとえば,基準変数も説明変数も間隔尺度や比尺度であれば,ピアソンの積率相関係数が適切である。両変数とも順位尺度であるならば,ケンドールの順位相関係数やスピアマンの順位相関係数が適切である。

 なお実験を実施せず,調査を行なう調査法survey methodも観察法と方法論的には同等である。観察法と調査法などを合わせて相関的方法ということがある。相関的研究においては,説明変数も基準変数もそれぞれ複数与えられる場合があるが,このようなとき変数間の相関係数を個々に検討するため,全体的構造を見逃す場合がある。このような構造を見いだすために多変量解析が使用される。

【多変量解析multivariate analysis】 調査や観察によって得られるデータは,研究者によって統制されていない。時には,説明変数と基準変数すら区分されていないことがある。まず,説明変数と基準変数は区別されて,調査や観察が行なわれる場合を問題とする。説明変数の関数として,基準変数を説明しようとするものである。その際に,基準変数のばらつきのすべてが,説明変数で説明できるわけではない。基準変数を,説明変数によって説明できる部分(系統的部分)と説明変数によって説明できない統計的誤差成分の関数として表現するのが統計モデルである。最も簡単なモデルは,基準変数が説明変数と線形関係にあると仮定する場合である。これが(線形)回帰モデルである。説明変数が複数存在するときが,重回帰モデルである。この場合の線形性は,パラメータに関して線形式(1次式)であることを意味しているので,説明変数や基準変数を適当に変換して,パラメータの線形式によって説明するモデルもやはり(本質的に)線形モデルである。しかし,基準変数が,「はい」か「いいえ」か,正答か誤答かなどのように,二つの値しか取らない場合(2値変数とよばれる),線形的な関係は期待しにくい。このような場合には,2値変数の期待値(すなわち,2値変数が1を取る確率)がS字の形を右斜めに引き延ばしたようなシグモイド曲線で表現されるモデルが妥当である。このようなモデルは,ロジスティック回帰モデルとよばれる。ロジスティック回帰モデルは,線形式を仮定しない回帰モデル(総称すると非線形モデル)の一つの例である。ただし,ロジスティック回帰モデルの場合,基準変数の期待値を適当に変換すると線形式が得られるという特性をもっている。基準変数の期待値を適当に変換する(リンク関数とよばれる)ことによって,線形モデルが得られる場合を一般化線形モデルgeneralized linear modelという。

多次元尺度法と因子分析】 基準変数と説明変数が区別されていないとき,相関を分析する方法は,関与する変数間の構造を見いだそうとすることであろう。その関連の構造を整理する方法として,主成分分析がある。たとえば,10の変数が関与するとき,主要な2軸とそれらとの関連がわかれば,10の変数間の関連(45の相関係数)を,10×2の係数によって評価できるし,2次元上に図示することもできる。また,変数間の関連が,ピアソンの積率相関係数ではなく,距離で示される場合,変数間の構造は,多次元尺度法multidimensional scaling(多次元尺度構成法ともいう)によって整理できる。その際に,距離が数学的な距離である場合と,距離の量を反映する質的な類似の程度が得られる場合とがあり,前者のデータを扱う場合を計量多次元尺度法,後者のデータを扱う場合を非計量多次元尺度法と称して区別することがある。また,これらの関連する変数に因果的に関連する説明変数が,観測されない場合を想定することがある。この潜在変数を因子とよび,この方法を因子分析factor analysisとよぶ。これは統計モデルであるので,モデルに含まれるパラメータに関する推定や,モデルの比較を統計的推論として行なうことができる。

 相関構造から因果関係を推論するための統計モデルも存在する。複数の説明変数に対し,基準変数も複数ある場合,重回帰分析を拡張すると多変量回帰分析になる。一方,説明変数と基準変数の組み合わせのうち,因果的な関係にあるもののみを残し,そのほかの関係をなしとする(すなわち回帰係数を0とする)モデルを作り,そのモデルの適合度を検討する場合もある。このようなモデルに基づく分析をパス解析path analysisという。可能性のありそうなモデルをいくつか作り,統計的基準によってそれらのモデルの良さを比較することもできる。パス解析の考え方に,因子分析によって抽出されるような潜在変数をも含む因果モデルを構造方程式モデルstructural equation modelという。構造方程式モデルに含まれるパラメータが,データの共分散行列にのみ含まれる場合には,共分散構造分析とよばれる。

【質的研究法qualitative research method】 ここまでの説明では,真偽が確かめられるように具体的な仮説を設定し,再現可能なデータによってその仮説の真偽を確かめるという手続きを説明してきた。しかし,心理学において,このような定型的なやり方で,問題の核心に迫ることができない場合がある。たとえば,障害を有している人などを対象として面接するとき,その人についての仮説が面接の進行と同時に生成され,質問の内容もそれに応じて変化することがある。また,生成された仮説が検証される過程も,統計的仮説検定などの代表的なプロセスとは違い,明確に定式化された科学的方法によらず,より主観的な判断に依存する場合もある。このような方法を質的研究法という。以上の説明でわかるように,質的研究法には,深い洞察をもたらすという利点と,再現可能性や科学コミュニティにおける伝達能力の低さという一定の欠点がある。質的研究法による言説の信憑性は,それを支える理論全体の説得性やそれぞれの個人のもつ個人的な直観的理解に支えられるといえよう。仮説演繹法と質的研究法との違いは,古くはディルタイDilthey,W.による説明と了解の違い,実験科学的説明と現象学的説明の違い,量的説明と質的説明などの対比と同様のものととらえられることも多い。しかし心理学においては,両者は対立するものではなく,どのような問題領域において,どのような課題を解決しようとしているかによって使い分けるべき方法上の違いである。

 再現可能なデータによって,かつ厳密に定義された帰納的方法(たとえば統計的検定)によって真偽を確かめるという固定的な枠組みでは,関心対象である出来事(たとえば感情の動き)の本質的な部分を理解・了解できないとき,質的な方法が必要とされる。ただし,質的な方法による知見が,再現可能な実験や調査の計画によって検証できるような形に翻案する努力も可能な限り必要である。 →因子分析 →観察法 →実験法 →質的研究法 →多次元尺度法 →多変量解析 →調査法
〔繁桝 算男〕

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