弘海寺(読み)こうかいじ

日本歴史地名大系 「弘海寺」の解説

弘海寺
こうかいじ

[現在地名]大内町水主

虎丸とらまる(三七三メートル)の北麓、風呂ふろ川の西に位置する。新宮山薬師院と号し、真言宗善通寺派、本尊薬師如来。もと炎宝山浄土じようど寺と称していたが、江戸時代前期に弘海寺と改めた。嘉吉二年(一四四二)の大水主神社供僧座配(「大水主大明神旧記」水主神社蔵)では右方一二番目に浄土寺が位置している。寛文九年(一六六九)の「御領分中寺々由来」にも浄土寺とあり、「虚空蔵院末寺、水主山石風呂在之事、弘法大師之堂、代々堂守之寺にて有之候、文禄年中再興、其後元和年中再興棟札有之事」と記す。寺の後方に石風呂があり、入室のときに穢のあるときは加持の符を当寺で受けた(讃岐国名勝図会)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報