広幡(読み)ひろはた

日本歴史地名大系 「広幡」の解説

広幡
ひろはた

中世史料に宇佐宮領としてみえる地名。「宇佐大鏡」所載の宇佐宮大宮司公順処分状案によれば、もと大江氏の所領であった広幡社が保安二年(一一二一)三月八日に源帥卿(重資)によって宇佐宮千手陀羅尼転読料所として寄進され、社領は「田十町、或注文六丁」であるが、近来奈古なご庄に押領されて残りわずか一町余であったという。鎌倉時代の宇佐宮神領次第案(到津文書/大分県史料三〇)には「除諸免」として「広幡社十三丁七反」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報