川津郷(読み)かわづごう

日本歴史地名大系 「川津郷」の解説

川津郷
かわづごう

和名抄」諸本にみえる郷名。訓を欠くが、駿河国安倍あべ郡川津郷および讃岐国鵜足うたり郡川津郷の訓「加波都」と同じであろう。天平二年(七三〇)一〇月の平城宮跡出土木簡(「平城宮木簡」三―三〇六九)に「伊豆国賀茂郡川津郷湯田里矢田与佐理調荒堅魚十一斤十両」とみえる。比定地は現河津かわづ谷津やつ付近とする説(旧版「静岡県史」)もあるが、郷里制下に湯田ゆた里など四里という多数の里があったことを考えると(通常の郷は二―三里)、より広域の河津町一帯に比定する説が妥当であろう。

川津郷
かわづごう

「和名抄」諸本にみえる郷名。高山寺本・東急本に「加波都」の訓がある。川津は河川の津にかかわる地名で、比定地は現静岡市北沼上きたぬまがみ・南沼上・長沼ながぬま有永ありながいけなどのともえ川流域とする説(新版「静岡市史」)が妥当か。

川津郷
かわつごう

「和名抄」東急本には「加波都」と訓を付す。天平一八年(七四六)一〇月、川津郷戸主内部宮麻呂が調として一匹を貢進している(「調庸綾布墨書」正倉院文書。天平勝宝四年(七五二)一〇月二五日の造東大寺司牒(東大寺文書)によると、讃岐国に置かれた奈良東大寺の封戸一五〇戸のうち川津郷に五〇戸があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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