島村 抱月(読み)シマムラ ホウゲツ

20世紀日本人名事典 「島村 抱月」の解説

島村 抱月
シマムラ ホウゲツ

明治・大正期の評論家,美学者,新劇運動家,演出家 早稲田大学教授;芸術座主宰者。



生年
明治4年1月10日(1871年)

没年
大正7(1918)年11月5日

出生地
石見国久佐村(島根県金城町)

本名
島村 滝太郎

旧姓(旧名)
佐々山

学歴〔年〕
東京専門学校(現・早大)文学科〔明治27年〕卒

経歴
東京専門学校で坪内逍遙の教えを受け、卒業後は「早稲田文学」記者となり、かたわら東京専門学校講師となる。「西鶴論」「新体詩の形について」などで評論家として認められ、33年共著「風雲集」を刊行。その間、読売新聞記者もつとめる。35年「新美辞学」を刊行し、38年までヨーロッパに留学。帰国後、早大教授に就任し、また39年再刊された「早稲田文学」主宰者となり「囚はれたる文芸」を発表。一方、逍遙の文芸協会で新劇指導者としても活躍し、44年「人形の家」を帝劇上演。大正2年文芸協会を退会松井須磨子と共に芸術座を組織し、早大教授を辞した。以後はその主宰者・演出家として須磨子とともに全国を巡回するが、7年11月スペイン風邪のため死亡した。ほか著書に評論集「近代文芸之研究」、脚本集「影と影」、小品集「雫」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「島村 抱月」の解説

島村 抱月 (しまむら ほうげつ)

生年月日:1871年1月10日
明治時代;大正時代の評論家;美学者;新劇運動家;演出家
1918年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報