太陽観測装置(読み)たいようかんそくそうち

日本大百科全書(ニッポニカ) 「太陽観測装置」の意味・わかりやすい解説

太陽観測装置
たいようかんそくそうち

太陽から発せられる光や電波、ニュートリノを観測する装置を太陽観測装置という。観測する対象によって、光学系の観測装置や電波望遠鏡などがある。なお、国際宇宙ステーションに設置されている、ESA(ヨーロッパ宇宙機関)のSOLARも太陽観測装置とよばれるが、ここでは地上からの観測装置を解説する。

 地上からの光学観測は、空間的・時間的に高分解能で実施され、補償光学系(Adaptive Optics)方式、つまりシーイング(地表面の空気の揺らぎ)による像劣化を修正する光学系を使って像を改善したり、高分散の分光、高精度の偏光測定が行われており、さらに光球に比べて100万分の1という低輝度のコロナ測光や、太陽の11年周期活動やそれ以上の長期にわたる活動の定常的なデータを取得している点に特徴がある。

 望遠鏡の基本的なデザインは、太陽を直接に追尾する赤道儀または経緯台の架台に望遠鏡を載せる方式と、太陽を追尾する平面鏡で地上に固定式にした大型の観測装置に太陽光を導く方式とがある。いずれも、シーイングによる太陽像の劣化を避けるために、地面から離れた高い位置に設置されることが多い。カナリア諸島やハワイ島の山頂や、湖岸の観測地は空気の揺らぎが少ない。

[日江井榮二郎]

ヘリオスタットとシーロスタット

日周運動をしている太陽を平面鏡により追尾させ、その反射光をつねに一定の方向に導く装置である。太陽の観測は大型の分光器を使うので、平面鏡からの反射光を地上に取り付けた対物レンズ(鏡)に当て、大型の分光器のスリット上に太陽像を結ぶ。1枚の平面鏡で反射光を常時、極軸方向に導く方式と、2枚の平面鏡で反射光を鉛直あるいは水平方向に導く方式とがある。前者をヘリオスタット、後者をシーロスタットという。

 ヘリオスタットは一枚鏡であるという利点があるが、太陽像は像中心の周りを回転するので、分光器全体もそれにあわせて回転させる必要がある。アメリカのキットピーク国立天文台のマクマス・ピアス太陽望遠鏡は口径203センチメートルの平面鏡を用いたヘリオスタット方式が使われている。

 シーロスタットでは、第1面鏡の回転軸を地軸と平行にあわせ、第1面鏡の反射光を第2鏡に当てておく。そして日周運動の半分の速さで回転させると、太陽が時間とともに動いても、太陽光はつねに第2鏡に当たることになる。第2鏡は任意に傾けて、鉛直あるいは水平方向に太陽光を導く。シーロスタットは太陽像が回転をしないという利点があり、太陽光を使う実験にも便利な装置である。

[日江井榮二郎]

スペクトロ・ヘリオスコープとスペクトロ・ヘリオグラフ

特定の波長の吸収線(輝線)のみで太陽を観測する装置。太陽の光球、彩層、コロナはそれぞれの層の物理状態を反映して、特有の光を放射している。光球は連続光を放射し、彩層は強い吸収線を、コロナはコロナ輝線を放射している。とくに電離カルシウムの吸収線(K線、波長393.4ナノメートル)や、水素の吸収線(Hα線、波長656.3ナノメートル)は、彩層の光を強く放射するので、これらの単色像から、彩層のようすがわかる。

 単色の太陽像を観測するためには、分光器かフィルターが用いられる。分光器の場合は、対物レンズ(鏡)により太陽像を分光器の入射スリット上に結ばせる。入射スリットは細長い短冊形をしたもので、そこを通過した光のみが、分光器で各波長に分光されて、これらの光をふたたびレンズ(鏡)で像を結ばせると、その像面には波長ごとに短冊形の単色太陽像が並んだものがつくられる。この像面の所定の波長(K線あるいはHα線)の位置に射出スリットをおくと、そこには入射スリットに入った短冊型の太陽ではあるが、K線あるいはHα線の単色像が得られる。したがって、入射スリット面での太陽像を移動させ、それと同調させて、射出スリット面に置かれた撮像部(カメラ)を移動させると、単色の太陽像が撮像される。この装置は、太陽の全体像を得るためには、太陽像を分光器スリット上で移動させる時間が必要なので、同時刻に全体像を撮影することができないという欠点はあるが、時間的に変動の少ない現象であれば、波長純度が優れた観測ができるし、観測波長の選択がしやすいという長所がある。太陽大気のゆっくりしたガスの運動や光球大気の磁場の観測に欠かせない装置であり、スペクトロ・ヘリオグラフspectro heliographという。同じ装置で、眼視で観測するものをスペクトロ・ヘリオスコープspectro helioscopeとよぶ。眼視観測のためには、太陽像を移動させる角柱プリズム(幅1センチメートル、高さ5センチメートルほどの四角柱の透明ガラス)を入射スリットの前に置き、それを高速で回転させる装置を使う。

[日江井榮二郎]

リオ・フィルターとファブリ‐ペロ干渉計

透過波長幅が0.1ナノメートルより狭いフィルターを使うことにより、ほぼ単色の彩層像が得られる。時間変動の激しいフレアなどの現象を観測するときには、同時刻の単色像を必須とするので、このようなフィルターが使われる。

 リオ・フィルターLyot filterは、フランス人リオB. F. Lyot(1897―1952)が考案したフィルターで、結晶の複屈折性を利用したものである。互いに直行する二つの偏光をこの結晶に入射させると、二つの偏光の光線に遅延がおこる。結晶の厚さを選ぶことにより、遅延を1波長にすることができる。これを偏光板で重ね合わせると、その波長の光が透過することになる。実際には透過光は正弦(サイン)曲線になるので、数個の厚さのブロックを重ね合わせて、必要な波長のみを透過させるようにする。複屈折性の結晶として、方解石や水晶が用いられるが、いまでは良質の大きな結晶を得ることが難しい。リオ・フィルターは偏光板を多く用いるので、透過率は普通10%以下となる。不必要な波長を遮断するために、多層膜の干渉フィルターをリオ・フィルターの前に置いている。

 ファブリ‐ペロ干渉計Fabry-Perot interferometerでは、2枚の平行平面板(エタロン)の距離を高精度に保持することが技術的に可能となり、透過波長幅が数オングストロームという狭いフィルターが用いられるようになった。波長分解能が20万~30万で、波長をずらしてのステップが約5ミリオングストロームという、わずかな量のずらしが可能であり、透過率もよいので短時間の露出で撮像することができる。

[日江井榮二郎]

ヘリオメーター

heliometer。太陽の視直径を測定する望遠鏡。半分に分割してある対物レンズを互いにずらすと、おのおの半分のレンズがつくる円形の太陽像もずれる。円形の太陽像の縁が接するまで対物レンズをずらすと、そのずれの量から太陽の視直径を求めることができる。近接した二つの星の角度を測ることにも用いられる。

[日江井榮二郎]

コロナグラフ

coronagraph。皆既食でなくても太陽コロナを観測できる天体望遠鏡。太陽本体に比べて、100万分の1という微弱な明るさしかないコロナを見るために、散乱光をきわめて少なくするように工夫された望遠鏡。そのために、(1)主焦点位置に月に見立てた円板を置いて人工的な皆既日食にする、(2)対物レンズは単レンズを使い(したがって色収差のあることを承知する)、レンズの表面による反射光を少なくする、(3)対物レンズの縁から生ずる回折光を、光路の途中にストッパーを置いて遮る、などの工夫がなされている。太陽観測用の科学衛星にも搭載され、コロナ中の質量放出現象の観測にも活躍しているし、太陽系外の惑星探査にも、この装置が使われている。

[日江井榮二郎]

塔望遠鏡

塔上にシーロスタットや望遠鏡を設置し、太陽からの光を塔の中に設置した長焦点の望遠鏡に太陽光を導くようにした天体観測設備。一般的に望遠鏡は、地表付近や望遠鏡の筒内の空気の乱れにより像質の劣化がおこるが、塔望遠鏡の場合、光の採り入れ位置が地表面より高く、鏡筒内の空気の密度分布も水平層状のため影響を受けにくい。近年では塔内を真空にした真空塔望遠鏡もつくられて良質の太陽像が得られている。太陽の微細構造やその高分解スペクトルの観測などに用いられる。

 東京の国立天文台にある塔望遠鏡はアインシュタイン塔望遠鏡とも別称され、1930年に完成し、その建物は国の登録有形文化財に指定されている。鉄筋鉄骨コンクリート造りで、高さ18.6メートル、地上5階、半地下1階建て、外壁はスクラッチタイルの装飾がほどこされている。最上階にはドームがあり、その中に直径60センチメートル平面鏡のシーロスタットがある。それにより、太陽光をつねに真下に下ろし、塔の中に垂直に置かれたカセグレン系の口径48センチメートル、焦点距離22メートルの長焦点の望遠鏡により直径22センチメートルの太陽像をつくり、それを半地下の分光器室に導いている。

 京都大学・飛騨天文台のドームレス型真空式塔望遠鏡は1979年に完成した近代的な太陽望遠鏡である。塔の高さは地上23メートルであり、塔壁は冷却パネルで囲み、塔壁からの空気の上昇流を防ぐなど、シーイングを極度に防いだ構造となっている。搭上には口径60センチメートルのグレゴリー式反射望遠鏡が設置してあり、太陽光路は全部真空(2~5mmHg)にして、塔内の気流の乱れがないようにしてある。分光器スリット部に結ぶ太陽像の直径は30センチメートルであり、垂直式真空分光器方式を採用している。取得される太陽像もそのスペクトルも高質のものが得られている。

[日江井榮二郎]

電波望遠鏡

太陽は広い波長域にわたって電磁波を放射しているが、地球大気の吸収により、地上に到達する電波は波長1ミリメートルから30メートルの間、周波数であらわすと300ギガヘルツから10メガヘルツに相当する。太陽電波の観測は、X線、紫外線、可視光における観測とともに、コロナや彩層、フレア、プロミネンスなどの研究に役だつが、とくに時間変化の研究には欠かせないものである。これらの電波を受信するためのアンテナは、単一の大口径のパラボラが使われ、その鏡面は波長の20分の1以下の精度で製作されている。鏡面により焦点に電波を集め、受信機で増幅し、波長ごとの強度や偏波を測定する。また小型アンテナを数多く並べて干渉計にして、太陽像を得ることができる。

 国立天文台野辺山太陽電波観測所には、17ギガヘルツと34ギガヘルツの周波数で、太陽全面を空間分解能が角度の10秒(17ギガヘルツ)と5秒(34ギガヘルツ)で取得する電波ヘリオグラフがある。直径80センチメートルのパラボラアンテナ84台を、東西490メートル、南北220メートルにわたって並べ、毎秒1~10枚の太陽全面の電波像を観測している。

[日江井榮二郎]

2015年(平成27)3月末の野辺山太陽電波観測所閉所に伴い、電波ヘリオグラフは名古屋大学地球環境研究所に引き継がれ、国際コンソーシアムのもとで運用されている。

[編集部 2017年7月19日]


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