壬生神社(読み)みぶじんじや

日本歴史地名大系 「壬生神社」の解説

壬生神社
みぶじんじや

[現在地名]秋芳町大字別府 流田

じよう(石楠山)の南麓、流田ながれだの地にある。祭神は高神・神功皇后・仁徳天皇。明治四年(一八七一)壬生大明神を現社号に改称。旧郷社。

文徳実録」仁寿元年(八五一)一〇月八日条に「長門国鹿・集福・賀磨能峯・壬生等四神、並授従五位下」とみえる。大同三年(八〇八)豊浦二宮(現下関市の忌宮神社)から勧請といい、永暦年中(一一六〇―六一)平重盛によって再建され、美祢郡の惣鎮守になったという(注進案)。中世には厚東・大内両氏の争奪の地となり、また南北朝騒乱時の戦場ともなったので、社殿や社宝も兵火に遭ったと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報