土田耕平(読み)つちだこうへい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「土田耕平」の意味・わかりやすい解説

土田耕平
つちだこうへい
(1895―1940)

歌人。長野県上諏訪(かみすわ)生まれ。諏訪中学を中退、小学校教員をし、島木赤彦に師事して短歌をつくり始めた。のち上京、『アララギ』編集に従い、病んで伊豆大島居住、第一歌集『青杉(あおすぎ)』(1922)により純粋清澄な歌風が注目された。その後、病のため各地を転々し、長野県伊那(いな)の仮寓(かぐう)で生涯を終えた。『斑雪(はだれ)』『一塊(いっかい)』の歌集のほか『鹿の眼』などの童話集、また『土田耕平遺稿』三巻(1942)がある。

近藤芳美

 桜葉の散る日となればさわやかに海の向山(むかやま)見えわたるなり

『『青杉』復刻版(1974・謙光社)』『『土田耕平著作集』全四巻(1985~86・謙光社)』

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「土田耕平」の解説

土田耕平 つちだ-こうへい

1895-1940 大正-昭和時代前期の歌人,童話作家。
明治28年6月10日生まれ。島木赤彦に師事して「アララギ」に参加。病気療養後の大正10年から文学活動を再開,歌集「青杉」「斑雪(はだれ)」などを発表。童話集に「鹿の眼」「原っぱ」など。昭和15年8月12日死去。46歳。長野県出身。東京中学卒。
格言など】杉の穂の高きを見れば月澄める空をわたりてゆく風のあり(「青杉」)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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